訃報
竹本住太夫逝去
しみじみとした語りで情を体現した文楽界初の文化勲章受章者で人間国宝、芸術院会員の竹本住太夫(たけもと・すみたゆう、本名=岸本欣一=きしもと・きんいち)さんが28日午後2時42分、肺炎のため大阪市内の病院で亡くなった。93歳だった。………
『産経WEST』
住さんがあちらへ旅立たれた…。
最後に、住さんを見たのは、昨年11月に中之島の中央公会堂で行われた「文楽の夕べ」だった。女優の白石加代子との対談だった。普通に元気で、ほんの少しだけ床本で数行あるかないかだけど、「沼津」聴かせてくれた。現役の中堅どころが敵わないほどの、大きなよく通る声で「えらい元気やな、住さん」と、安心したものだったが…。
今年に入って、体調を崩されたのか、予定されていた講演会のキャンセルがあったが、また暖かくなったら、それこそ今回の玉助襲名披露で、客席の最後列で嶋さんと並んで、玉助の晴れ姿に目を細めているんだろうと思っていたが…。
小生がまだ高校生だった、朝日座の時代から、小生を毎公演、色んな世界へ連れて行ってくれた大きな存在の一人が、また旅立って行ってしまった。
それでも。
住さんの浄瑠璃を、文楽の何が何やらわけもわからなっかた高校生の頃から、ようやく「ええなぁ」と感じることができるようになってきた50半ばまで、聴いてこられたのは、三流の文楽ファンではあるけども、これはやっぱり冥利に尽きるというものだ。
特別な別格の存在のように言われる住さんだが、こんな三流ファンが気安く「住さん」って呼べる人でもあった。研修生の発表会なんぞに行けば、小生の真後ろの席で観ていたりして、舞台の研修生よりもこっちが緊張してしまったり(笑)。そんな、まさに手の届くところにいる人間国宝でもあった住さん…。それゆえに、「もっと大事に聴いておくべきやったなぁ」と、後悔もある…。次に聴けるのは、小生がお浄土へ行ってからのことやなぁ。その時まで、また。
しばしの別れに、平成26年4月27日、住さん大阪での最後の舞台のブログを捧げます。
(故人と無関係の見台です)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。