亞洲電視(ATV)、いよいよ停波へ
香港にたった2局しかないテレビの地上波放送局のうち、亞洲電視(ATV)の放映が来年4月1日をもって終了する運びである。香港テレビっ子としては、理由はどうあれ、「たった2局しかない地上波局」の一方が無くなるというのは、嘆かわしいことである。
不憫なテレビ局、ATV
ATVは何かと不憫な局だと思う。そりゃもう、観ていて痛々しかったですぜ。
香港の地上波2局は基本的に芸能人とは専属契約を結んでおり、他局製作番組への出演はない。この専属契約、恐らくは契約金がいいのだろう、ATVのライバル局である無綫電視(TVB)が人気芸能人を独占状態。これは当然視聴率につながるし、視聴率が良ければ広告収入も増える。さらにグッズなどの販売収益も上がる。もうこの状態は何十年と続いているが、それでもATVはATVなりの報道人としての矜持を保ち続け、ここまで放映を続けてきたのだが、いよいよ命運尽きたかというところ。
「政府、ATVの放映ライセンス継続認めず」のニュースを読む同局アナウンサーの心情やいかに…、というもんだ。
一方で、経営者が毎年のようにコロコロ変わって、その都度、労使関係がぎくしゃくして大量解雇や退職が頻繁にあり、最近では給与未払いや遅配も恒常化していた。そんな社内の空気だからかどうか、報道面でも急激に誤報が目立つようになり、全体として士気も社会的信頼度も凋落傾向にあったのも事実。
常にTVBの後塵を拝してきた歴史
とにかく常にTVBの後塵を拝し続けてきた不憫なATVだが、そうならざるを得なかった歴史的背景もある。
ATVの前身は、1957年に香港初のテレビ局として開局した有料ケーブルテレビ「麗的映聲」。ライバル局TVBはその10年後、1967年の開局だが、「無料、無線、カラー」で開始したため、「有料、有線、モノクロ」の麗的映聲はいきなり大きく水をあけられることになった。
1973年、TVBに対抗するため、「無料、無線、カラー」を断行。機材取り換えなどのため、1ヶ月間放送を中断。局名も「麗的電視」に変更。1975年には第3のテレビ局「佳藝電視」が開局するも、経営不振のため78年には倒産し、このとき佳藝から大量のスタッフや芸人が麗的電視に移動。しかしながら「麗的電視」も経営不振が続き、親会社にあたる英国の会社の経営も悪化し、経営から手を引く。1982年、香港地場企業が経営権を獲得し、局名が「亞洲電視(ATV)」となる。
常にTVBがその前に立ちふさがり、ATVは悪戦苦闘の連続だったわけだが、1980年にTVBの経営権が、映画会社「ショウ・ブラザーズ」経営者の邵逸夫(ランラン・ショウ)に移ったのが、やはり決定的だったんじゃないかと思う。資金力は歴然、映画界で培ってきた映像制作ノウハウ、観客(視聴者、広告主)へのマーケティングリサーチ力、さらには芸人のマネジメント力、どれをとっても世界の超一流エンタテイメント企業である。なかなかこれに立ち向かうのは厳しい。その壁をついに乗り越えることができなかったということになる。
懐かしの名物番組
こんなATVだが、小生にとって懐かしい番組も少しだけどある。
『今日睇真D』はその筆頭。「さぐってみよう、今日の真実!」って感じのタイトルだが、そのさぐってみる「真実」が、まさに「大スポ(東スポ)」の1面並みのバカバカしさで、なおもそれをクソ真面目にやるもんだから、TVBの連続ドラマを観るよりもずっと楽しい。中でも、95年8月の「宇宙人解剖記録映像公開!」は世界的な話題となったのが思い出深い。結局この人気番組も、対抗して始まったTVBの『城市追撃』にあっという間に負けてしまったのだが…。
『還珠格格』シリーズは、ATVでは数少ない大ヒットドラマ。湖南省のテレビ局と台湾のCTVが共同制作した時代劇なのだが、それぞれのキャラクターの作り方が非常に上手く、衣装も綺麗、ストーリー展開もハラハラドキドキの連続で、文句なしに家族で楽しめる時代劇だった(小生に家族はいなかったがww)。日本でもサンテレビで『還珠姫 〜プリンセスのつくりかた〜』として放映されたらしいが、ネット局でやっても多分それなりの視聴率が取れたんじゃないかな。が、悲しいかな、このドラマはATVの自局制作でないため、シリーズ完結で、ゴールデンタイムの視聴率勝利も一瞬の出来事に。
番組と言えば番組だし…、という妙な位置付けだった『魚樂無窮』が印象深い。深夜時間帯にひたすら金魚や熱帯魚が映っているだけの画面だったが、遅くまで飲んで帰宅した時にこれを観ると、ホッとしたもんだ。あれはあれで、役割は果たしていたと思う。
で、もっとも心に残っているが、ATVのニュース番組のオープニング曲。めっちゃかっこいいのだ、これが。今もこのオリジナルバージョンをアレンジして使用しているが、どうせ無くなるんなら、このオリジナルバージョンを復刻してもらいたいなと…。
停波決定までの顛末
このところのATVに関連する動きをざっと振り返っておこう。
【2014年10月15日付香港各紙報道】
ATVでは10月14日時点で職員800人以上の9月分の給与が未払い。未払い総額約2000万ドル以上。職員らは「今後2日以内に支払わなければストをする!」と怒る。ATV幹部は「株の譲渡が確定しないうちは給与を払えないよ~」と、けっこう強気。さらに「ストの可能性は耳にしていないし、現在もこれまで通り番組制作中で職員も各々が任務についている!ストの心配無し」とも。ATVは年初に12億~13億ドルで株式を売り出したものの、負債や訴訟を多く抱えた同社に買い手がつくはずもなく、最近では売値が下がる一方。
労使関係がくすぶる中、年末を迎えたATVに大きな衝撃が走ったのが12月22日。なんとこのままでは2015年1月1日からニュース番組が放送できない恐れが出てきた。
【2014年12月23日付香港各紙報道】
職員約800人の11月分の給与が未払いになっており、22日には報道番組部門「新聞部」の職員約200人が「15年1月1日前に払われなければニュース番組の放送は保証できない」との共同声明を発表。報道機関としては致命的な決断、声明。ATVの経営が「落ちるとこまで落ちた」ことを象徴する一件。ATV上層部では22日、緊急取締役会開催するも、葉家宝・執行董事は、「現在も1500万ドルの資金が不足しておりクリスマスあるいは大みそか以前に給与を支払えるかどうかは不明だ」と語る。さらに大株主の王征氏と黄炳均氏が、過去5年、20億ドルの資金を投入し、その使命はすでに果たしたと、再投資に難色示す。葉氏は他の株主に投資を呼び掛けており、数件の売却先と交渉中と説明したが詳細は明かさず。
【2015年1月7日付香港各紙報道】
葉家寶・執行董事は1月6日、「未払いとなっている職員の2014年11月の半月分の給与を7日に支払うが、14年12月分の給与についてはまだ払えない」と発言。
38日間続く給与未払いに加えて、さらに不穏な噂が噴出。主要株主の1人である蔡衍明氏は、「ATVには価値のある資産はすでになく、市価11億ドル相当の大埔のスタジオ施設も抵当に入れられている」との爆弾発言。一部ドラマの版権も売り出され、毎月の赤字は3800万ドルとも。「こんな抜け殻を欲しがる人なんていない」と。大株主の黄炳均氏はノーコメント。葉家寶氏は「買収相手として交渉してきた英皇集団の楊受成・主席との交渉は破談した」と言い、「買収先を捜しながら、なんとか急場しのぎに借金をして給与を払う可能性もある」と話す。もはや風前の灯のATV。
【1月27日付香港各紙報道】
「捨てる神あれば拾う神あり」。なんと救世主がまもなく現れそうだとの報。Panfair Holdings Limited所有のATVの株権10.75%の公開入札が26日17時に締め切り。ATVの法定監査人のデロイト・トウシュ・トーマツが同日、期限までに入札申請書が数件届いたと発表。その件数や企業名、入札価格、株式購入比率など詳細は明らかにされなかったが、今後1~2週間かけて申請者からの建議書の内容を検討、早ければ2月初旬に売却先が決まる見込み。消息筋の話では申請は4件。
【1月29日付香港各紙報道】
滞っているのは職員の給与だけじゃない。
職員の給与未払いのほかに、通訊事務管理局=通訊局に納めるライセンス料1000万ドルの滞納も問題化。支払い期限は2014年12月中旬。滞納は今回が初めてではなく、過去3年で2度目となることから、通訊局では深刻な違反だとしてATVに対し20万ドルの罰金を科す。ATV側は5回分割払いを要求、通訊局は拒否。2回の納期に滞納分全額と利息を納めるよう指示。3月18日までに納めなければ、ペナルティーとしてライセンスを最大30日間剥奪する可能性がある。一時的でもライセンスが剥奪されれば、その期間内は放送することはできない。いよいよピンチ!
【3月27日付香港各紙報道】
主要株主の1人、王征氏が投資者の誘致に失敗したと発言したと報じられ、3月末にATVが閉局するのでは?とのニュースが駆け巡る。26日に中国メディアによる王征氏のインタビューで同氏は「3月21日に最後の救世主から出資を拒否された」とコメント、58年の歴史を持つATVが3月末で廃業する可能性が高いと話したと報じられる。これに対しATVはさっそく声明を発表、局内はすべて正常に稼働していることを強調。また、王氏が「ATVの命運は尽きた」と発言したと伝えられていることについて否定。
だれもがこの時点でATVの終焉を確信したと思う。そりゃそうだ、この数ヶ月間だけでも「もう、あかんな」と思わせる出来事がこれだけ連続したのだ。もうこれで「完全に終わった」と思うしかないだろう。
【3月31日】
デジタル端末で視聴するテレビ局、香港電視網絡(HKTV)がATVの株を引き受けるという報あるも、HKTV側は否定。HKTVとは、2013年、香港電視娯楽や奇妙電視と同時に無料放送免許を申請し本命視されながら、免許が交付されかった経緯のあるテレビ局。それゆえに、ATV自体を引き受けてもおかしくはなかっただけに噂の信ぴょう性は高い。HKTVのトップで2008年にATVの最高経営責任者(CEO)に12日間だけ就任していた過去のある王維基(リッキー・ウォン)氏がATVを買収するというこのニュースで、HKTVの株価急騰という一幕も。真偽はともかく、このような情報がリークされたのは、ATV側による「時間稼ぎ」だとの憶測も。そんな時間稼ぎもむなしく、運命の日を迎える。
【4月1日】
特区政府商務及経済発展局は4月1日18時半、ATAの放映ライセンスについて継続を認めないと発表。ATVの放映可能期間は今後12カ月、2016年4月1日まで。
この決定に大きなショックを受けたATVからは、「意外な決定に激しい憤りを覚えており、到底この決定を受け入れることはできない」との声明。
前日には、「窮地のATVについに救世主が!」とばかりに、王維基氏との交渉成立説も報じられた直後のことだけに、「は?」と言うところだろう。
さらに、ATV法定監査人であるデロイト・トウシュ・トーマツの黎嘉恩氏が、1日午前に株主の黄炳均氏と主要投資者の1人である王征氏および新たな投資者が売買協議書にサインをしたことを明らかにしていたのだから、さらに「は?」だろう。その新たな投資者の氏素性は公表されていないが、黎氏がメディアに公開した関連書類に、メディアやエンターテインメント分野を中心に投資を行っているプライベートファンド「匯友資本」の略称「AID Partners 」と書かれていたことから、投資者は同社の大株主の胡景邵氏ではないかと言われている。
新たな権利は誰の手に?
本当にATVが無くなるかどうかは、この流れだけで見るとまだ不明瞭な点もあるが、なんと手っ取り早いことに、香港政府は通信大手のPCCWが運営する「香港電視娯楽(HKTVE)」に向こう12年間の無料地上波放送の権利を与えたとのこと。香港電視娯楽にライセンスを発行することは2013年に決定していたが、HKTVEは今回の免許交付の条件として、2年以内に広東語と英語チャンネルを1局ずつ開局し、広東語放送は24時間、英語チャンネルも最低16時間の英語番組の放送を行うことを約束させられている。
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どうなる? 亞洲小姐、亞洲先生
NHKBS1のATVニュース
なんか…。このHKTVEの開局実現の裏に、「ATV潰し」の力があちこちから作用していたような結末で、釈然としないなあ…。巨大通信企業PCCWと香港政府の癒着構造の犠牲者が、ATVの職員であり専属契約の芸能人という図が見えないでもないが。「さようなら、ATV」で決着する話で終わらない気もするが…。
それにしても、毎年開催されていた「亞洲小姐(ミス・アジア選手権)」と「亞洲先生(ミスター・アジア選手権)」はどうなるんだろう? さらには、NHKBSで放映中の「ATVニュース(英語版)」はどうなるんだろう? 色んな方面に影響が出て来ることになる。大変だね…。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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