人形浄瑠璃文楽
国立文楽劇場開場三十周年記念
夏休み特別公演 <第三部>『女殺油地獄』
以前にも、これを観た時に言ったし、多分これからも観ることがあればやっぱり言うだろう。
とにかく「えらいタイトルやわ~」って。
こんなえげつない題名の浄瑠璃が、およそ300年前の大坂で、歌舞伎で文楽で大ヒットしたというんだから、作者の近松門左衛門もえげつないなら、これを受け入れて大喜びした大坂の人たちも、随分とえげつない人たちである。もちろん、脚本の元ネタとなった事件を起こした張本人もえげつない。
夏休み公演の第三部はこのところ、「サマーレイトショー」として午後6時開演。と言われても、全然「レイトショー」じゃないんだけど、まだ外は明るいし(笑)。
小生が訪れた日は、ちょうど天神祭の本宮の日。文楽では「文楽船」という奉納船を繰り出し、船渡御に参加している。
ミナミ方面に午後から夕刻にかけて野暮用あった小生は37℃を超す猛暑を避けて、地下街に潜った。ほぼ同時に賑やかな地車囃子が聞えて来たかと思うと、文楽人形遣い御一行らのお練りに遭遇。なんかこういう運命(笑)。
現れた人形は二体で、どちらも午前の「親子劇場」で上演されて、見物の子供たちを興奮のるつぼへと誘っている『西遊記』の孫悟空と、芙蓉(実は銀角)のお人形。
このあと御一行は戎橋筋などを巡行して、道頓堀から乗船し、東横堀を北上、大川を目指した。乗り込みまでお付き合いしたかったが、とにかく暑いのと、こっちにも用事があるんでここで行われた大阪締めだけ御一緒して、ほなまたあとで劇場でと、ひとまずお別れ。
女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)
切場「豊島屋油店の段」を勤める咲さんは、「主人公の与兵衛にはみずみずしい若さが必要」という自説から、『女殺油地獄』は今回を「語り納め」にするのだと言う。なんか勿体ない気がするけど、咲さんが言うと説得力あるから、「ハイ、わかりました」と小生などはあっさり言ってしまう。そんな咲さんの聴き納め、語り納めの『女殺油地獄』。平成23年4月公演以来の観劇。
■作者 近松門左衛門
■昭和27年、素浄瑠璃としてNHKラジオで放送され、昭和37年4月、文楽座で徳庵堤、河内屋が舞台化。昭和57年2月に復活公演
「徳庵堤の段」
物語の導入。すなわち凄惨極まりない殺人シーンへの第一歩がここに始まる。と言って、最初から剣呑な空気が充満していては、あの場面がさっぱりワヤになるから、ここはのどかな野崎参りの描写など。でありながら、与兵衛という男のダメさ具合がよくわかるし、それはきっと単なるダメな奴ってわけじゃないんだろうなというのも、うかがわれる。そこらへんを咲甫が巧みに語っていたかと思うが…。(「が…」にしておく)
「河内屋内の段」
口:芳穂大夫、寛太郎
奥:呂勢大夫、清治
口の二人は、これだけじゃもったいない。もっと長丁場聴かせてほしいなあ。ぜひ本公演で、そういう機会を与えてやってほしい。
呂勢大夫はここでも存在感バッチリだった。前回のアップで、「呂勢&藤蔵、もっと見たい、このコンビ続けて~」って書いたけど、やっぱり清治師匠に食らいついて行く、渾身の語りを見せる呂勢大夫がイイね。以前は清治師匠に「引っ張られて」の好演だったのが、最近は「食らいついて」の好演になってきたわけで、「次回、『女殺~』がかかったとき、切場を語るのは俺だ!」みたいな強力なアピールにも聴こえたなあ。本人は無欲で語っていたとは思うけど。ま、それほどに良く聴かせてくれたというわけで。
「豊島屋油店の段」
切:咲大夫、燕三休演につき清志郎代演
咲さんの「豊島屋(てしまや)」聴き納め。スリリングな場面だけに、客席は水を打ったように静まり返る。高まる緊張感。これほどにご見物の皆さん方を「事件のその場」に引き込める太夫、他に居るか? なんて思うと、やっぱり残念。幕見でもう一回行くか、これは。
燕三師の代役を勤めた清志郎もよく弾いていたと思う。まったく違和感なく太夫の語りと上手い具合に緊張感を醸し出していた。
燕三さんは秋の本公演に向けて、リハビリ中と聞くが、無理しないでほしい。別に復帰が来年になっても構わない。気長に待ちたいが、劇場はそうはさせてくれないのか…。
「逮夜の段」
悪人が逮捕される夜のことじゃないよ(笑)。まあ、実際にはそうなったわけだけど。三十五日の命日の前夜のことらしい。次の日に「逮(およぶ)」という意味らしいけど、ま、それはさておき、河内屋与兵衛が油まみれになって殺害した、豊島屋のお吉さんの法要が行われていたという場面。そこにのこのことやって来て「犯人もそのうち捕まりますよ」なんてぬかす与兵衛って奴はもう…。隣席のおっさん、思わず「しかし、悪い奴やな~」と独り言。ほんまですね。悪い奴ですねwww。
そんな場面は、文字久大夫&清友にて。最初は抑え気味に語っていた文字久はんだが、いよいよ与兵衛登場で、場が一気に緊張感を増すあたりから、声がグッと押し出しの強いものなってゆくんだけど…。ああ、そこでかすれてしまうか…、みたいな印象。そこはなんだかんだ言ってもこの公演をグイグイ引っ張っている人形陣がビシッと引き締めて、幕引きの柝が入りまする。
☆
そんな具合で、第三部の『女殺油地獄』もまた人形陣が奮闘し、床を引っ張ったのである。あくまで小生の印象だけど。あ、もちろん咲さんの切場は別格ですよ!
『女殺~』で言えば、河内屋与兵衛の勘十郎、豊島屋お吉の和生に尽きるんだけど、お気に入りどころでは、河内屋の娘おかちの一輔や、豊島屋七左衛門の清十郎さんなんかもじっと見つめておった次第。病身の娘を遣っても、一輔のたたずまいは美しい。何というか、文楽人形遣いの姿勢の基本みたいな感じ。
注目の凄惨な殺人シーンだけど。前も書いたけど、お客がそれこそ「アホみたいに口開けたまんま」舞台に釘付けになっちゃう。よもや生身の人間があんな風に、ツツーーっと横滑りにはならないだろうけど、そこは人形芝居だからできる舞台表現。ほんといつ見てもお見事。ただ、勘十郎はんが必死で遣っているのは充分すぎるほど理解できんだけど、主遣いまでが殺人犯みたいな凶悪な表情になるのはちょっと…。いずれは、人形にその凶悪度のすべてを乗り移してしまった飄々とした顔で与兵衛を遣う勘十郎さんを観てみたいなあなんて思ったのは、アタシだけかな?
かくして、ご見物衆は肚に一物ありながらも、かなり御満足され、口々に感想を語りながら、天神祭で大混雑の地下鉄堺筋線などに乗りこんで家路に就くのであった…。ああ、暑い。午後9時でまだ余裕で32℃とか34℃とかの、大阪の夜。
(平成26年天神祭船渡御の夜 日本橋国立文楽劇場)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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