【OSAKA CLASSIC ダークサイド】*旧ブログ

なんとも早いもので、南海ホークスvs近鉄バファローズを、両軍の「復刻ユニフォーム」着用によって、3日間再現した「OSAKA CLASSIC」から、1週間が経過した。

「久々に南海が見られて最高に良かった!」
「毎年、復刻やってくれ!」
「昔の応援ができてうれしかった!」
「なんかしらんけど、とにかくよかったわ~!」(笑)

などなど、称賛の声が聞こえてくるし、実際に拙ブログでも過去3回のエントリは、そういうタッチで仕上げてきた。
が、「いや、ちゃうねん、それは…」という気持ちが、絶えずつきまとっていたのも、これまた事実。

ここでは、「OSAKA CLASSIC ダークサイド」として、斜に構えて1週間前の3連戦を振り返ってみたいと。…「ダーク」というほどのもんでもないと思うが(笑)。

<営業的総括>
小生は両球団の営業でもなんでもなく、一介の南海ファンにすぎないが…。
「OSAKA CLASSIC」は、オリックス球団の営業的に見て、どうだったのだろうかを考察してみたい。

シーズン開始間もない、普段なら単なる週末の3連戦を、「OSAKA CLASSIC」として盛り上げイベントも含め、盛大にやったわけだが、観客動員はそれほどのものでもなかった。ただ、この数字は小生が予測していた数字と、大差はない。予測数字は、ここ数年の京セラドームの動員傾向を見ていれば、概ね予測できるものである。第1戦:17,484(予測15,000)、第2戦:27,221(25,000)、第3戦 28,269(28,000)で、見た目満員の3万のラインを超えなかった。もし、小生が営業部門のトップだとしたら、現場に「これはアカンやろ」と言ったのではないかと思う。あれこれ盛り上げイベントやって、「南海復刻」があって、近鉄も「復刻」させて…。「おい、営業、お前ら何やっててん!」と言ったんじゃないかと…。
もちろん、数字以上に3塁側~レフトスタンドは、異常な盛り上がりを見せていた。すなわち「南海ファン」の勢いである。一方、1塁側~ライトスタンドは、いつもの週末と大差はなかった。修学旅行らしき団体もいた。結局、オリックスファンは南海ファンの盛り上がりや、ソフトバンク球団の「75周年記念」、「復刻ビジネス」に付き合わされてしまった形になってしまった。
近鉄ユニフォーム」を「復刻」させても、歴史背景からして旧来の近鉄ファンはそのたびに面白くないし、今のファンだって「南海だけ勝手にやってたらええやん」となる。
オリックスは、阪急近鉄の流れを絶ち切り、全てをリセットした上で、新しいオリックス球団としてスタートし直す時期なのかもしれない、なんて勝手に思ってしまう。阪急近鉄、ブルーウェーブの「復刻」を連発では、ファンの心をつかみ切れていないことに、そろそろ気づくべきではないか。
そういう意味でも「OSAKA CLASSIC」は、営業的には「失敗ではないが、決して成功したとは言えない」と、小生が営業部門のトップならば、そう評価したと思う。「次からは、ちょっと考えた方がええな」である。
<復刻ユニフォーム、グッズについて>
小生は、基本的に今回の「復刻ユニフォーム」には、否定的である。まず、これが前提。
何と言っても、前回2008年に比して、あまりにも「ありがた味」に差がありすぎた。前回は「20年ぶりの南海ユニフォーム」、それはもう「ありがたや、ありがたや」と拝むような気持ちであった。
「球団創設70周年記念」ということよりも、「南海ホークス20年ぶりの里帰り」への喜びの気持ちから「復刻」に意義を感じ、大歓迎した。
あのモデルは、小生と南海ホークスが最初に出会った当時のもので、また、なんと言っても「パ・リーグ最強軍団」と称された時代の象徴。「球団創設70周年」を飾るに、もっともふさいわしいモデルの「復刻」だと今でも思っている。
ところが、その興奮からわずか5年後にまた「復刻」では、「ああ、やっぱりやるんや」である。

「ありがた味」を演出するには、10年~20年に1試合だけというのが、小生の持論だ。小生はそこに「復刻」の「ありがた味」を見出したいと思っている。
この球団の悠久の歴史を大切にし、過去の選手に思いをはせるのは、非常に大事なことだし、ソフトバンク球団には今後も、南海時代の歴史を大切に扱ってほしいと思っている。
「復刻ユニフォーム」もその手段のひとつで、もっとも分かりやすい形ではあるが、今回は前述の理由から、どうしても「ありがた味」に欠けるのである。
今回はすでに「復刻するで~」と早くからファンに見透かされていたし、もっと言えば、「復刻ユニフォーム」や「復刻グッズ」で、歴史を商売にしすぎていることに不快感を覚えている。特に「復刻グッズ」の物量攻勢に、それを強く感じた。
球団にすれば、前回の「復刻」でグッズ販売が「プチ特需」になったことに、味をしめたのかもしれない。そう思われても仕方ない物量攻勢である。

「その割には、お前もユニフォーム含め、色々買っていたやないか!」

と言われると、まったく言い訳の余地もないのだが、その点は「復刻商法」にまんまと乗せられている自分を嗤うしかない…。
今回、門田博光と近鉄にも在籍した山本和範が始球式などに登場したが、ユニフォームやグッズもよいのだが、もっともっと色んな選手や記録にスポットを当ててほしいのである。球団からすると、「復刻特需」にはつながらないかもしれいが…。
そういう企画が多ければ多いほど、たとえ復刻グッズの物量攻勢をかけたとしても、「復刻商法」などという誹りも免れるのだと思う。
「復刻」がファンの間で、「アレ買った!、コレ買った?」に終始しないような、一層の配慮と企画力を、今後の周年事業に強く望む。

さて、今回、「復刻」されたのは、南海最後のモデル。南海ファンとしては、もっとも記憶に新しいモデルでもある。
細かい点を指摘していくと、キリがないくらいオリジナルとはかけ離れたものではあったが、あの時代のユニフォームを、現在の枠の中で再現すると、どうしてもああなってしまうのかなと、そこは目をつむる。

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目をつむる、とは言え、あのひざ小僧直下までのクソ長いストッキングは
なんとかならんのか?地下足袋かえ?

思い入れの強いユニフォームや、「これは勘弁してくれ」的ユニフォームについては、ファン歴などによって、人様々である。その上で、思いを語らせてもらうと、こうなる。
今回の「復刻」モデル、小生はまったくいい思い出が無い。成績は相変わらずBクラスの連続だったし、挙句の果てには、九州へ売り飛ばされてしまった ユニフォームである。「悪夢」の象徴のようなユニフォームが「復刻」されると聞いたときには、「頼むわ、考え直してくれ!」と声に出してしまったほどであ る。
球団創設75周年記念の一環としては、これほどふさわしくない時代の「復刻」はないだろう。周年事業に泥を塗るような行為だと思っている。

これは、ファンの間でも賛否が分かれるところで、「あのユニフォームを見るのが辛い」と言って、3連戦とも球場に姿を現さなかった連中も知っている。またあれだけの数のホークスファンが、「辛い歴史の象徴ではあるけど、『復刻』を素直に楽しもう」と球場へ詰 めかけたのも、事実。その両者の狭間で揺れ動きながらも、ホイホイと3つとも観戦に駆けつけるのが、小生という人間である(笑)。
とにかく、野村体制崩壊後の1978年以降のユニフォームは、どれもこれも「何をやっても上手くいかない」という、悪いイメージしかなく、結局、小生としては、どうせ復刻するなら、野村監督時代のユニフォームを強く望むのである。
あの時代のユニフォームこそ、小生にとっての「栄光の南海ホークス」の象徴なのである。

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この時代のユニフォームに、小生は最も「南海ホークス」を感じる(昭和48年~51年モデル)

*と、あれこれ言いながら、今回のビジターバージョンの「緑ユニ」はしっかり購入したという、オチに至るw。

<灰田勝彦歌う『南海ホークスの歌』について>
「OSAKA CLASSIC」3連戦中、『南海ホークスの歌』で、どれだけ涙を流したかは、過去3回のエントリにしたためてきた。
あそこまで涙を流し、号泣してしまうとは、自分でも思ってもみなかったことで、「これはもしや精神を病んでいるという証しなのか?」と思ってしまうほどの派手な泣きっぷりだった。
過去3回にも記したけど、灰田勝彦バージョンは、決して往時を懐かしむものではないということ。「身を斬り裂かれるような辛く悲しい思い出」でしかないバージョンなのである。
これはもう、酷い仕打ちである。「古傷を無理やりこじ開け、そこに塩を磨りこむ」ような残忍な仕打ちである。

前回2008年の「復刻」においても、京セラドームでこの灰田勝彦バージョンがされ、やっぱり同じ思いで、涙が止まらなかった。そのとき「もう金輪際、このバージョンを球場で流さないでくれ!」と、泣きながら心中で叫んだのだが、その声など誰に届くはずもなく…。
「復刻」というテーマのもとに、また再びこの曲をスタジアムで、耳にすることになってしまった…。
杉浦監督以下、コーチ、選手がこの歌の流れる中、大阪球場のグラウンドを一周した、あの悔しくて、辛くて、悲しい光景…。スタンドから「杉浦~!、 桜井~!、藤原~!、門田~!…」と大泣きなしながら絶叫したあのとき。周囲を見渡せば知った顔がみんな声を上げて泣いていた、あの悲壮なる光景が甦るの だ…。もっともそっとしておいてほしい思い出なのに…。
もう、本当に勘弁してほしい。一たびこじ開けると涙が止まらない、あの日の思い出…。こんなえげつない仕打ちはないではないか。あんまりではないか…。
恐らく、次回の周年記念でも、この曲が球場に流れることがあるだろう。できれば、その場にだけはいたくない…。あんなことは、心の奥底にそっとしまっておきたいから…。

「ダークサイド」などと、ちょっとカッコつけてしまいましたが、読み返せば、講釈と泣きごとの羅列になってしまいました(笑)。
ただ、「復刻」を楽しむ反面で、こういう思いも常に持ちながら、3連戦を観戦していたのもまた事実。人間の腹の中は分かりませんよ~(笑)。ホークス球団75年のうち、実に45年も応援していると、思いはホント複雑です。年々複雑化してゆきます。本当はカラッと楽しく観戦したいのですが…。なかなかそうはさせてくれません、この「南海ホークス」というチームは。だから離れられないんですけどね(笑)。

色々言ったけど、このたびの「OSAKA CLASSIC」を実現してくれた、オリックス球団、福岡ソフトバンク球団、南海電鉄、両軍応援組織ほか関係者の皆さんには、感謝してもしきれないというということだけは、重ねて申し上げておきます。


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