前回、「次回は3月に入って、いよいよ風雲急を告げる香港の様子を日を追う形で回顧します」と締めくくりましたが、1月から2月にかけての動きをもう少し追ってみます。(役職等は当時のもの)
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「蘋果日報」の追跡調査では、2003年1月9日、今度は広州で肺炎と流感が大流行。広州市第一病院呼吸内科・曽軍敦副主任は、「酢を飲み、板藍根(漢方薬)を服用すれば殺菌できる」と、コメント。これが後の華南・香港の白酢買占め騒動の根源となる発言に。
翌10日、中山市で1週間で100人の肺炎患者が発生しいていることが明らかになり、うち半数が医療関係者。中山市疾病抑制センターでは、「肺炎の流行は噂に過ぎない」と、事実の隠蔽。
事態が劇的に悪化したのは、2月。
2月2日~11日で広東省全域で305人の肺炎患者が確認された。うち105人は医療関係者。主要な発生地域は、広州、中山、河源、順徳の各市。
広州、香港、マカオでは白酢と抗生物質の買占め騒動に発展。広州市は調査団を河源市へ派遣、中央政府も衛生部・馬暁偉副部長を広州に派遣し、原因究明を行うも、これ以降、国内の情報途絶える。
「人の噂も75日」と言うが、中国側としてはそれを期待していたのかもしれない。が、そうはいかなかった。
3月10日、香港のウェールズ病院(新界・沙田=Sha Tin)におけるスタッフの集団感染が明るみに。
同病院では3月10日、院内の集団感染を政府衛生署に報告。しかし、調査が進むに従い、病院側のずさんな対応が表面化。報告を行った1週間前に1人目の肺炎患者が発見されており、さらに20人以上の職員が喉の痛みや発熱を訴えていたが、病院側では事実を伏せたままにしていた。
感染者は全員が同じ病室の担当であったため、その病室の患者が感染源と想定された。ここから世界中を巻き込む肺炎騒動がいよいよ本格化。
感染経路については、8つのパターンが考えられた。そのうちの4つは広州市から来港していた中山医学院の教授(64)=この時点ですでに死亡=が感染源となって拡散したと考えられている。この教授は知人の結婚式に出席するため、2月21日にメトロポールホテル(九龍・旺角=Mong Kok)の9階客室に滞在した。翌22日、風邪が悪化し肺炎となり、広華病院(九龍・油麻地=Yaumatei)に入院したが、3月4日に死亡。
同時期、カナダやシンガポールで発病した旅行者も同ホテルに宿泊していた。また、ウェールズ病院集団発生の感染源とされる香港人男性も同時期に同ホテルに宿泊していた知人を訪問している。香港の爆発的流行は、この男性が大方の感染源と想定され、一気に145人が連鎖的に感染して行くことになる。
こうした重大な局面にもかかわらず、衛生署の陳馮富珍(マーガレット・チャン)署長は「すでに時間が経過しており、その後の発症例はない。同ホテルの衛生状態は良好で職員の感染もないので、病原体はすでに消滅したと思われる」と説明したが、衛生署は同日、同ホテル9階を封鎖し、消毒を実施した。
この重大な事態に至ってなお、政府では患者の徹底した隔離や教育機関の休校などの処置を取っていない。全教育機関の休校が決定したのは、それから1週間後のことで、その時点で患者数は200人を超える勢いで、ウイルスは蔓延し始める。
政府の発表を待たず、キャセイ航空は16日、空港勤務職員、グランドホステスなどに、チェックインする乗客に非典型肺炎の徴候がないか留意するよう通達。もし肺炎の疑いがある乗客をみつけたら、チェックインを中止し、検疫に回すようにと。
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キャセイがかような通達を出したこの日、わたしは上海からの出張を終え、香港に戻ってきました。上海では、当然ですが肺炎関連の情報は一切、シャットアウトされていました。
中国の徹底した報道管制を物語るエピソードとして、3月31日、上海からの出張者で謎の情報通のAさんの話が思い出されます。「2月以降、携帯のショートメッセージで、『非典型肺炎』、『肺炎』、『非典』などの文字を受け付けなくなった」。<ちなみにAさんはそうしたコントロールをしている人物をよく知っていると(笑)。
なんかねぇ、「明日、反日デモ行こうぜ!」はスルスルと通しちゃうのにねぇ。
そしていよいよ3月中旬からは、香港の新聞、テレビの報道は肺炎一色となってゆきます。
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こっからは、騒ぎの拡大を徹底追跡していきましょう。
【3月17日】
■世界中で150名(2月の中国・広東省での肺炎流行を除く)の患者発生が確認され、うち9名死亡。発見地区と数は香港42、ベトナム43、シンガポール20、台湾3、ドイツ1など。
■開業医の医師が非典型肺炎に感染した後、その妻も感染したことが明らかに。
■シンガポール当局は国民に対し、香港やベトナムへの渡航を控えるよう通達。
■世界保健機関(WHO)は、これら一連の肺炎の新病名として、「Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS):重症急性呼吸器症候群」と命名。
■WHO、「緊急旅行勧告」を発表。
■カナダのトロントで1名、SARSと診断。最近東南アジアに行ったビジネスマン。この時点でカナダでのSARS症例数は8件。うち2名(親子)は死亡。死者を含め、殆どが香港からの移民で、2月にカナダ-香港間を往復した記録あり。さらに死亡した親子を診療した医師も体調を崩して手当てを受けている。カナダ衛生当局は、本件と香港でのSARS蔓延と関連があるかどうかは、断定はできないとしている。
■旅行社協会によると、香港でのSARS流行の報道が流れ始めてから、シンガポールと台湾からの旅行者は10%減少。このほか、一部のツアーは予定を延期するリクエストを入れてきているという。
【3月18日】
■香港政府・医院管理局(以下、医管局と省略)と衛生署の追跡調査の結果、ウェールズ病院のSARSの感染源が分かる。3月初めに入院した患者に違いないと判断。患者は3月4日、発熱で入院したが、特に肺炎の症状はなく、既に完治している。この患者に接触した16名の職員が感染、また親類など13名も同様に発病。
■ドラゴン航空は職員に対し、搭乗客が高熱、咳、呼吸困難などの症状を起こしている場合は、同社はまず医師の診断を仰ぐことを要求し、SARS感染が医師により確認された場合は、搭乗を拒否。機上で発病した場合は、目的地に着陸後、当地の衛生局へ送り検査を要求せよとの手引き作成。
■香港を訪れた英国人が発病、3月16日に入院。またスイスでも東南アジア旅行から戻った人が発病。
■TVB(無線電視)朝のニュースより:ウェールズ病院へ肺炎の疑いで入院した患者数は100名超に。明らかに院内感染でない患者もおり、他にもいくつかの感染ルートが社会に広がっているとみられる。
■米政府、国民に対して一定期間香港へ渡航しないよう勧告。
■中国衛生部・張文康部長は、WHOの専門家が北京に到着、SARSの調査を行うと発表。しかし彼らが広東省に出向くかどうかは不明。また、広東省での肺炎流行は抑制されているが、広東省に出稼ぎに来ている人々が帰省して、各地で肺炎が広がる可能性もあり、監視を続けるとコメント。
■3月15日、アムステルダム経由で香港からマンチェスターへ戻った英国人が、北マンチェスター総合病院の専門家感染症ユニットの中で予防措置の扱いを受けている。
■香港政府の肺炎ホットラインが、午前11:00より開始。
■SARS感染者数は、香港政府発表によると83人だが、実際にはこれ以上で、現実にウェールズ病院では100名以上の患者/準患者が入院している。多くのウェールズ病院職員は医管局に、同病院の臨時閉鎖を要求している。中文大学の梁秉中教授は「この40年、今回ほど香港医学界の対処が後手後手に回ったことはない」と、医管局の言う「状況は収束に向かっている」というごまかしを「幼稚にも程がある」と激しく批判。
■シンガポール衛生当局は、21名のSARS患者を確認。うち2名は重体で、1名は呼吸補助装置がないと息が出来ない状態だと発表。まず最初に、2月末に香港へ旅行した女性3名が、帰国後に発病し、この3名に接触した家族と医療関係者18名が二次感染。合計21名。
■オーストラリア衛生当局は3名の同国人が外国旅行の後、SARSを発症していることを明らかにした。患者は隔離されて治療を受けている。最近それぞれ中国と香港を訪れたという。
■ウェールズ病院の救急センター閉鎖。同病院は、19日午前0時より救急センター業務を3日間停止する。医管局によると、同病院はSARSの被害により、内科と救急センターの人員が平時の3分の1にまで減少しており、また事件の影響でウェールズ病院へ駆け込む急患も40%減少しているため、閉鎖を決めたという。
■在香港日本国総領事館から在住邦人に肺炎に関する諸注意通達。
■午後6時現在、香港内で確認されたSARS患者数は111名。
■衛生署署長と政府のスポークスマンが、在香港外国総領事や代表を集めて、肺炎の状況の説明を行う。約60人が出席。
■WHO事務総長は「伝染性が強いため、世界で安全なところはない」と強調。
「これで感染防げるかな?」
「さあ…。まあ、しないよりは安全でしょうけど」
マスクも品薄になってゆきます…
長くなり過ぎましたので
ここらで。
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COMMENT:
AUTHOR: 丸山光三
DATE: 03/01/2013 06:57:54
もうあれから十年ですね~。その年3月上旬に、わたしは台北へ出張していました。帰独する際、飛行場で買った現地の新聞で香港が大変な騒ぎになっていることを知りました。便がバンコック乗換えでよかった、とほっとしたことを憶えています。その後、騒ぎは当のバンコックや台北にも広がりましたので、危ういところでありました。
米軍が対シナ人用に開発した生物兵器という噂がありましたが、けっきょく何だったのでしょうか・・・・?
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COMMENT:
AUTHOR: leslieyoshi
DATE: 03/01/2013 17:18:22
To 丸山光三さん
すでに事が決まっている返還よりも、SARSの方が、ずっと印象深いというか、衝撃度の高い出来事でした。
>米軍が対シナ人用に開発した生物兵器という噂がありましたが、けっきょく何だったのでしょうか・・・・?
ああ、そういう話はありましたね…。いろんな噂が飛び交って、まさに「浮足立った」状況にあった、あの日々でした。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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