【毒書の時間】『明治深刻悲惨小説集』


「深刻かつ悲惨」なアンソロジーを買ったよ(笑)。深刻で悲惨な日々を送る小生にはうってつけかもしれないけど、読んで気分がどん底に突き落とされたらどうしよう(笑)。前々からとても気になっていた一冊ではあるけども…。

『明治深刻悲惨小説集』  川上眉山、泉鏡花、前田曙山、田山花袋、北田薄氷、
広津柳浪、徳田秋声、小栗風葉、江見水蔭、樋口一葉

講談社文芸文庫 ¥1,980
2016年6月10日第一刷発行
2022年2月7日第三刷発行
令和7年4月27日読了
※価格は令和7年4月2日時点税込

浪人中、予備校の国語の先生が「興味あれば」と薦めたのが、「深刻小説」、「悲惨小説」。中でも猛烈プッシュだったのが、広津柳浪だった。多分、ご自分がお好きだったんでしょう(笑)。そんなわけで、このジャンルと広津柳浪をちょいちょい読んできた。現代の尺度では理解しがたい物語が多いが、なーんか引き込まれるのである。とにかく題名からして陰気なの。『黒蜥蜴』だの『今戸心中』だのと。で、今回読んだアンソロジー『明治深刻悲惨小説集』には、『亀さん』。あんまり陰惨な雰囲気ではなさそうだが、どうでしょね?

講談社文芸文庫ってすごくいい。書棚に並んでいると「賢い人」、大阪で言う所の「かしこ」に見えるでしょ(笑)。ただねぇ、文庫の割には、非常にお値段が高い! この作品集だって1,980円。単行本と同レベルの価格には、ちょっと購入をためっらたりもするが、この一冊は外せない。なんちゅーても、広津柳浪よ(笑)。

日清戦争後の社会不安を背景に、人生の暗黒面を見据えて描かれた10篇の「深刻悲惨小説」。そりゃもうねえ、どれもこれも「深刻」で「悲惨」。さらには「残酷」でさえある。文語と口語が入り混じったような文体で、読みにくいっちゃ読みにくいが、それがまたこの時代が様々な分野で大きな過渡期にあったことの表れでもあるんだろう。そういう意味では、こうした文体であればこそ、感じることができる空気があるというもんだ。

ってことで、まずは広津柳浪の『亀さん』。一見、のどかそうな題名だが…。知的障碍者が主人公の作品で、現代では恐らく作品を世に出してもらえないんじゃないかという表現であふれている。上述した「人生の暗黒面」という空気は薄いように思えるが、独特な雰囲気に満ちている。「へへへ」と笑う亀さんの行く末は救いがたいことになるんだろうなぁと、読み進んでゆく。終盤、火事の場面に「ああ、これで亀さんもお陀仏か」と思いきや…。最後の一行、『ヘヘッヘヘッ、危険(あぶね)えよ、危険(あぶね)えよ。』に、ゾクッとくるものを感じてしまう。「おお、これぞ広津柳浪!」と感じ入る。終わってみれば濃密な「悲惨小説」だった。

泉鏡花の『夜行巡査』も印象深い。こちらは「観念小説」と言えるかな。「職務だ」「職掌だ」と言って、泳ぎを知らぬ身なれども、堀に落下せし憎むべき老爺を助けんがために飛び込んでいく八田巡査よ…。解説で「ロボット人間における非人間性を告発した……」とあるが、まさにそれ。職務と言う観念に囚われた巡査の愚かしくも、悲惨な最期が印象に残る。

前田曙山北田薄氷小栗風葉江見水蔭は初読み。て言うか、名前を知ったのも初めてかも。前田曙山『蝗うり』は強烈な一撃を食らわす作品。貧困と病苦が生み出す悲惨な結末は残酷でもあり。よくある市井の人情噺かと思いきや…。江見水蔭『女房殺し』は題名がすでに悲惨で、読む前から期待してしまう。物語は悲惨そのもので終わり方も悲惨なのだが、それを吹っ飛ばすかのような最後の3行のロマンティックさに、「何よ、これ!」と。

世の中の小説、ハッピーエンドのものは山ほどあるし、暗いストーリーでも、最後の数行に「ほんのわずかな光明」も感じるものだが、ここに収録されている作品はそんなのは微塵も感じさせてくれず、これでもかと悲惨で深刻で、さらには残酷な幕切れである。「相当落ち込んでしまいそう…」と覚悟していたが、悲惨で深刻で残酷であればあるほど「うひゃうひゃ~!」ってなってしまう自分のことが少々恐ろしく感じる一冊でもあった。

そいつはお前ぇ、危険(あぶね)えよ、危険(あぶね)えよ…。

 

 


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