<北海道苫前町三渓の山中に「三毛別羆事件復元地」がある。巨大で凶暴な「日本最凶の肉食獣」、それが羆(ヒグマ)である (photo AC)>
熊が人を襲う被害が昨今増えているが、食い殺されるという事態にまでは及んでいない。その都度、猟銃班が招集されて駆除という名の「熊退治」が行われるんだが、色々と難癖をつける人が多くて、そういう意見を見ていると「はぁ?」って思ってしまう。そりゃまあ、確かにそもそも熊が住んでいたエリアを人間の住処に広げたことも原因の一つではあるだろうけど、だからと言って、まさか熊と人間が共生できるわけでもなく、もっと奥地へ追いやるか、さもなくば死んでもらうしかないだろう、ってのが小生の見解である。
今回読んだ『羆嵐(くまあらし)』は、日本の獣害史上最大の惨劇と言われる「三毛別羆事件」のノンフィクションノベルで、「人間が食い殺される」という惨劇の描写は、凄まじいの一言では片づけられないほどの血生臭さで迫ってくる。熊被害の度に、湧き出る「動物愛護」の声の主たちにも、一度は読んでいただきたい一冊である。
『羆嵐』 吉村昭
新潮文庫 ¥693
昭和57年11月25日 発行
平成25年11月15日 46刷改版
令和5年6月5日 56刷
令和6年10月3日読了
※価格は令和6年10月6日時点税込
吉村昭は一昨年読んだ『破船』以来。今回も一気に作品世界へ引き込まれる。そして本作もカバーの表紙の絵が怖いったりゃありゃしない!(笑)。いや、笑ってる場合ではない。こんなおっとろしい目した、巨大な黒いやつが「がおー!」と襲い掛かって来るのだから、小便も大便もちびって動けなくなってしまうだろう…。
本作が描く三毛別羆事件については、何気に知っていたし、この『羆嵐』も『破船』を読んだ際に<次に読みたい本リスト>にすぐさま入れたのだが、今、ようやく読み終えたという次第。いやもう、読んでいて腰抜かしそうになったよ、ホンマに…。怖いねぇ、エゾヒグマ…。
『羆嵐』は、昨今「Wikipedia三大文学」の一つとして、売れ線の作品となっているが、従来より人気作で小生が入手した時点で56刷に及んでいる。「Wikipedia三大文学」の内の一作だなんて、全く知らなかった。読み終わって「読書メーター」を眺めたら、そんなことが書かれていて、慌ててWikipediaの三毛別羆事件の稿も読んでみたら、これがまあ、ほんと読ませる内容で。
さて、本作の題材となった三毛別羆事件だが、そのWikipediaによれば、
三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)は、1915年(大正4年)12月9日から12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢で発生した熊害事件。エゾヒグマが開拓民の集落を二度にわたって襲撃し、死者7人、負傷者3人を出した。<引用:Wikipedia「三毛別羆事件」>
という、実に凄惨極まりない熊害(ゆうがい)である。この惨劇をあくまで史実に忠実に、吉村昭の手によって一片の小説として書き上げられたのが、本書『羆嵐』である。羆が家を襲い、人間を食い漁る光景はおぞましい限りなのだが、不思議にもグイグイとその世界に引き込まれていく、つまり自分が、その場で「餌」として人々が食われていくのを、眺めているかのような気分になってしまう。「怖がらせてやろう」という誇張した表現を一切排除しているからこその臨場感。これこそが作者の真骨頂だと言える。
余談ながら、羆が壁を突き破って一家の前に現れるシーンに、幼少の頃に「ウルトラQ」で観たような覚えがある、怪獣が突然、茶の間を襲うシーンを思い出した。巨大な羆は怪獣なのだ。
何かと上から目線の警察署長も、救援という名のもとに、まるで一獲千金を当て込んでいるかのような態度の、近隣の町村から派遣されてきた男たちも、結局はあてにならないということがすぐにわかって、区長以下、村人たちを失望させる。こうしたそれぞれの立場による人間の「温度差」も読ませる展開である。
結局、人々から忌み嫌われるも、熊撃ちの名人として名をはせる“銀オヤジ”こと銀四郎を呼ぶことになる。銀四郎と熊の対峙もまた、読みどころである。銀オヤジ、確かに扱いにくい、はれ物に触るように接しなければならない人物ではあったけど、巨大な羆と「撃つか食われるか」の一対一の対決を重ねるうちに、こうなってゆくのかな…。
「おっかあが、少しになってる」と怯える子供、「腹、破らんでくれ」と襲い掛かる熊に懇願するように叫ぶ臨月の女性…。特にこのあたりが、恐怖の頂点として印象深い。「恐ろしい」「凄惨な」など、言葉では表現しきれない恐怖に襲われる一冊だった。
タイトルの『羆嵐(くまあらし)』だが、羆が仕留められ後に吹く風のことだという。倉本聰による「解説」にも、それは本当のことだとあるが、果たして…。
是非とも、お読みいただきたい。
「Wikipedia三大文学」、他の2作品はこちら。『八甲田山死の彷徨』新田次郎、『死の貝』小林輝幸。
いずれ読みたいけど、さあいつになりますやら(笑)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。