昨今流行の「華文ミステリ」というやつである。今春公開された映画『ゴールド・ボーイ』の原作となった『悪童たち(上・下)』を3年前に読んだが、これが想像以上に面白く「またこの作家の作品を読みたい」と思っていたところ、やっと翻訳本2作目が出たので、さっさと購入して、さっさと読んだという次第。と言いながら、1月に購入して今だから、そこそこ塩漬けになっていたのだけど(笑)。
『検察官の遺言(原題:長夜難明)』 紫金陳 大久保洋子<訳>
ハヤカワ・ミステリ文庫 ¥1,232
二〇二四年一月二十五日 発行
令和6年5月4日読了
※価格は令和6年5月6日時点税込
『悪童たち』に登場し、事件の真相をつかみながらも、相手は少年ということで、その将来を考えると…。ラストシーンで逡巡していた巌良も登場。『悪童たち』の肩書は、浙江大学数学科教授の元捜査官だったが、今作では架空の江華大学数学科教授で元刑事となっている。地名なども架空のものとなっており、本作の内容が「敏感な」ものであることがうかがわれる。また、前作ではそれほど表立った動きをしているようには見えなかったと記憶する巌良だが、今作では前面に出てきて、捜査側の中心人物の一人でさえもある。
周永康の一連の事件を思い起こさせる最後の締め、“二〇一四年七月二十九日、巨魁が墜ちた。” という一文、うまいことここに持ってきたなと、感心することしきり。本作に描かれていることが周永康事件の真相、というわけではないにしろ、思わず「そうやったのか!」と納得してしまうほどの展開だった。解説にもあったが、そもそも2019年7月29日は、党中央規律検査委員会が周永康の「重大な規律違反」について立件した日なのだから、読者人民は「おお!」と思ったことだろう。
さらに、終盤あたりで新聞やニュースサイトの記事で、関係者が次々と病死、事故死しているのも、周永康事件を思わせる。「こいつが悪の根源やろ」と思っていたが、こうもあっさり死なれると、さらに大物が控えていると思わずにはおれないのだから、数行の記事引用ながら効果絶大である。こうやって、邪魔者は消されていくのよ…。尽くしたのにねぇ…。
スーツケースに遺体入れて、駅の手荷物検査突破を試みる…なんて、中国でなくとも無茶な幕開けに「猟奇殺人ものか?」と一瞬思ったが、このエンディングに繋いでいく筋立てが非常に面白く、終盤はページをめくる手が止まらない。ちょうどゴールデンウィーク中だったこともあり、徹夜の連続だった。
こうやって時間をかけて腹を据え、さらには犠牲者も出さないと、真実は明かせない、というのが実に中国的ではある。レビューなどを拝見すると、「中国でよくここまで書けたなあ」と感心する声が多いが、現体制を批判しているわけではないので、何らお咎めはないはず。加えて、翻訳の妙も大いにあるんじゃなかろうか。
いずれにしろ、非常に読ませる、読者を作品の世界に引きずり込むのが上手い作家なので、これからも注目していきたい。
紫金陳を知るきっかけとなった『悪童たち』。この際、上・下巻セットで! |
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。