【毒書の時間】『西成十字架通り』 黒岩重吾

<あいりん地区=釜ヶ崎のシンボル「あいりん労働福祉センター」。かつては建物の前に早朝から大勢の労働者が集った。老朽化が進み、耐震性の観点から建て替えが決まるも、労働者側の反対により進んでいない。この先、どうなるんでしょうね? photo AC>


「押入れの奥や倉庫から昔読んだ黒岩重吾の本を引っ張り出すシリーズ」第2弾(笑)。今回は『西成十字架通り』。『飛田ホテル』(角川文庫)、『西成山王ホテル』(角川文庫)、『飛田残月』(中公文庫)と、ちくま文庫からコンスタントにかつて出版された「西成・飛田もの」が復刊されていったので、これもそのうち出るやろと思ってたが、ちくまさん、なかなか出してくれないので奥から引っ張り出してきたという次第。

これまたえらい古い本で、時々ページの綴じがペロンとはがれてしまう。経年劣化というやつか。奥付は昭和54年9月20日の初版本となっている。44年前か…。まあその日に買ったわけでないにしても、「高1や高2でこれ読むか~」みたいな内容(笑)。なにせ帯にあるキャッチが「人生の重さにおしつぶされ 傷つき、愛に飢えた男と女」でっせ(笑)。これを愛読する高校生、めっちゃ変な奴やろ(笑)。帯の裏表紙側にはTBS・MBS全国ネット連続ドラマ「黒岩重吾シリーズ」の広告。これ、毎週観ていた覚えがある。土曜の夜にこのドラマを観て「本とはちょっと違うなぁ」とか言ってたんやろな、俺。やだやだ、つくづくイヤな高校生や(笑)。

『西成十字架通り』 黒岩重吾

角川文庫 ¥340

本書に収蔵の短編4篇の時代背景は、オイルショックの頃。万博関連建設景気に沸き返った西成のドヤ街も不況のどん底にあり、労務者の行き倒れの描写などもある。昭和49年頃の話だろう。同じ「西成・飛田もの」でも昭和30年代に書かれた作品群とは違い、ガードマン、テレビやクーラーなど時代が変わったことを感じさせる職業や生活風景も垣間見える。しかし、底辺であえぐ人たち、特に女性たちを描いた物語であることには違いはない。4篇のざっくりとしたあらすじと、感想を記しておく。

『落葉は夢見た』
勤め先が倒産し、山王町のアパート住まいの吉原。妻に男ができたため別れる。通っているスナックの高子を通して知り合った利子は、バンドマンの男と夫婦であるが、男は借金とほかの女を作っている。夫の借金に追われる利子を救い、吉原と利子は夫婦になろうとするが…。

結末は悲しい。この地を舞台とした黒岩作品の王道。吉原が住む山王町のアパートの描写がかなり詳細。住んでいたからこそ書ける描写。隣家の流しの「よっちゃん」夫婦が喧嘩もするが睦まじく暮らすだけに、利子の運命が余計に辛い。

『流木の歌』
『落葉は夢見た』からの連作仕様。スナックの高子や流しのよっちゃん夫婦も登場する。吉原がいた部屋に越してきた謎多き男、加納と飛田遊郭外れの飲屋の女、真沙美。加納にいつの間にか惹かれて行く真沙美だったが…。

印象深いのは、真沙美の「うちは西成の女や、負けるものか」という言葉。虐げられるばかりではない芯の強さに、昭和40年代の黒岩ワールドの女性像を感じた。しかしそんな強い真沙美もエンディングで「泣きはらした眼で、恋人だ、といい続けた」。

『墓石の遺物』
東京の証券会社で大きな損失を出してしまい逃げるようにして飛田に流れ着いた其村。今で言う「ブラック」なタクシー会社で運転手の身。かつて阿倍野のスナックに勤めていた優子と偶然、ミナミのバーで再会し、デートを重ね親密になってゆくのだが…。

其村と飲屋で懇意になる変わった老人、相田という人物が面白い。「女をだますような利口な連中は、こんなところに来んよ」という言葉は、優子に振り回された其村をよく表している。「西成・飛田もの」としては、珍しく男が女にしてやられる作品。

『雨漏り』
交通事故で足が不自由な娼婦の定子。今はポン引きのお峯の下で体を売っている。同じアパートの住人、今田に恋をするが、実は韓国人で密入国者の手引きをしているということを知らされる。今田に警察の手が伸びていることをなんとか知らせたい定子だったが…。

他の3篇とは趣の異なる作品。定子や今田の住むアパートは福山荘というが、これは『墓石の遺物』で其村が暮らしていたあの福山荘だろうか? 昭和40年代後半でも密入国者が絶えなかったということを知る。今田の信念を信じる定子の一途さがピュアである。

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外観を電車の窓から眺める程度で、事細かに知る由もないのに、描かれる西成や飛田の生活が生々しく脳内に再生される。重吾の作品に引き付けられる理由の一つ。不運、不遇という底なし沼でもがき苦しむ男と女。なぜか愛おしい人たちが、黒岩ワールドに生きている。

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さて、重吾の昔読んだ本を読み返すのは、それこそ底なし沼にはまり込んでいくばかりで、抜け出せなくなってしまうから、そろそろ現代の作品に戻ろうかと思う(笑)。う~ん、もう1冊『女の熱帯』を引きずり出せたんだが、どうしよう…。

(令和5年9月16日読了)
*価格は昭和54年発売当時の表示価格


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