<大阪場所は連日満員御礼の大盛況。ごめん!この写真には「櫓」は写ってませんw (2017年3月23日、エディオンアリーナ大阪 筆者撮影)>
大阪場所が始まっている。ご当地の貴景勝の綱取りなるか?に注目が集まるが、う~ん、ちょいと厳しい序盤戦ですな。左足も痛めているんじゃないかな?踏ん張りが利いてないと見える。とにかく、今場所も横綱不在で、一人大関の彼に重圧がかかり過ぎている。彼を横綱にする前に「大関をもう一人」と思うのだが、有望株はいても、なかなか大関に推挙できるほどの白星を上げられていない。協会としても歯がゆいところだろう。
そんな大阪場所に合わせたわけでもないが、相撲の世界を描いた一冊を読んだ。子供の頃から相撲好きで、相撲を観るために香港でもクソ高いNHKワールドプレミアムを契約していたくらいだ。小中学生の頃は、一番電車で府立体育会館へ行き、当日券子供200円に並んでいたもんだ。そんな「マニア」の端くれの小生を楽しませてくれる一冊になるかどうか…。
『櫓太鼓が聞こえる』 鈴村ふみ
集英社文庫 ¥880
第33回小説すばる新人賞受賞作である。作者の鈴村ふみのデビュー作となる。
2年ほど前だったか、単行本で出た時「うわぁ、きれいな表紙!」と、まず表紙カバーに惹かれる。買わなければ、読まなければと思っているうちに、文庫化された(笑)。で、その表紙カバーは文庫版でも引き継がれた。単行本と文庫本で表紙のデザインが変わるケースも少なくないが、そのままでよかった。それくらい秀逸なデザイン。「これは国技館の櫓だな」ってのは、すぐわかる。白扇を高く差し上げて力士のしこ名を呼び上げる丸坊主の男子は、きっと本作の主人公、篤だろう。
相撲の世界が舞台となる物語だが、主人公は若い呼出の篤。両親との間に深い溝ができてしまい、引きこもり同然に日々を過ごしていた彼を見かねた叔父が、「呼出にならないか」と持ち掛ける。家を出たい、両親と離れたいという気持ちから、篤は伯父の紹介で力士数の少ない白波部屋へ入門。そこから始まる彼の呼出としての成長物語である。
相撲の世界では、力士はもちろん、行司、呼出、床山は相撲部屋に所属する。先に入門した者が兄弟子となる。篤の兄弟子は他の部屋の呼出はもちろん、部屋の力士たちも兄弟子である。白波部屋の兄弟子たちは、序ノ口、序二段、三段目、幕下と、いわゆる関取(十両以上)はいない。年齢もちゃんこ番の二人を除いては似たり寄ったりなので、高校中退の篤も次第に馴染んでゆく。他の部屋所属ながら、人当たりが良く篤をいつも気にかけてくれる、同い年の先輩呼出、直之の存在も大きい。
そんな折、篤は力士のしこ名の呼び上げをとちってしまう…。
このシーンを読んで、実際に先場所、序ノ口だったと思うが、読み上げをとちってしまった若い呼出の顔を思い出す。土俵を下りた後。「ああ、どうしよう…」と不安そうにする彼の元に、ちょっと先輩の呼出がやって来て、何やら二言三言…。決して叱っているんじゃなく、寄り添っているというのは、スマホの画面からも十分に伝わった。とちった彼は、翌日も今場所も土俵にいる。奮闘努力の日々を送る篤とともに、彼にもエールを送りたい。きっと大丈夫と。
本作は主人公の篤の呼出修行物語であると同時に、子供から大人への階段を上ってゆく姿を描いた物語でもある。また、所属する部屋の力士の悲喜こもごも、目標とする同い年の先輩呼出である直之の物語でもある。こうしたストーリーを、いい塩梅にからませて、タイトルの意味がわかるエンディングへと持っていく。9月の秋場所に始まった物語を、翌年7月の名古屋場所で終わらせる展開は、引き込まれるものがあった。
相撲をよく知らない読者が読むことも想定して、相撲の世界のことや、呼出の呼び上げ以外の仕事(実はこっちの方が仕事量が多い)、相撲部屋の雰囲気などを、あまり専門的に深入りしない程度に物語の中に織り込むという親切設計もいい。何より、力士ではなく、呼出という地味な仕事に目を向けてくれたのが、長年の相撲マニアとしては嬉しく思う。って言うか、この作者も相当好きだね(笑)。
ミーハーな「相撲女子」や、篤に対して風当たりのキツイ先輩呼出で問題児の光太郎、篤を心底から応援してくれるファンの出現など、ちょっとしたスパイスもよく利いている。断絶状態にあった両親との和解への第一歩を踏み出すことにもつながってゆく、非常にオーソドックスだけど、この流れもよかった。
新人作家ゆえの荒っぽさも無きにしも非ずたけど、新人作家の登竜門を突破しただけのことあると納得させられる一冊だった。これからも角界を舞台にした物語を書いていってほしい。
(令和5年3月15日読了)
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在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。