《香港映画祭2022》の2作目『叔·叔』を観るため、今日も九条のシネヌーヴォへ。
これも観たかった作品。日本でも「レインボー・リール東京2021」で上映されたが、大阪ではこれが初かな。まあそんな塩梅で、やっぱり日本では「全国ロードショー」などは望めぬ作品。今や全国上映の希望が持てるのは、古天樂(ルイス・クー)くらいか。まあ後は、「枕詞」の付くような作品。例えば「2014年の雨傘行動をきっかけに…」「2019年の民主化デモの背景で…」「中国化が進む香港の…」などなど。どうしてもインディー作品になってしまう。これら作品はミニシアターで上演され、「熱心なファン」から愛好されるけど、残念なことに小生、そっち系は興味がない。てわけで、武侠片や動作片、無厘頭などの香港映画が好きな小生は面白くない日々がもう何年も続いている。ということで、どうやらこれが今年の映画鑑賞の最期になりそうな雰囲気。来年に期待しよう。
叔·叔 邦題:ソク・ソク
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
港題『叔·叔』
英題『Suk Suk』
邦題『ソク・ソク』
公開年 2019年 製作地 香港
言語:広東語
評価 ★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):楊曜愷(レイ・ヨン)
編劇(脚本):楊曜愷
摄影(撮影監督):梁銘佳(レオン・ミンカイ)
領銜主演(主演):太保(タイポー)、袁富華(ベン・ユエン)、區嘉雯(パトラ・アウ)、盧鎮業(ロー・ジャンイップ)、江圖(コン・トー)、林耀聲(シン・ラム)
《ストーリー》
退職間近のタクシー運転手パクと、すでに引退しているシングルファーザーのホイ。二人の出会いが長いこと抑制してきたある感情を呼び起こす。しかし共に将来を築くには、乗り越えなければならない壁がいくつも存在していた。<引用:『香港映画祭2022』公式サイト>
「ふ~ん、こういう映画やったのか…」というのが、観終わってからの正直な思い。いやいや、決して拍子抜けしたとか、肩透かし食らったとかいうのではなく、もっと現実離れしたものかと思っていたら、案外と香港人家庭の日常が淡々と描かれていたことに、ある意味、安堵したと言うかすんなりと受け入れられたと言うか…。全体に淡いトーンに色彩が抑えられていたってのも、そういう感想に至った理由かもしれない。ビビッドな場面と言えば、婚礼のシーンくらいだったもんな。そう、これは「淡い物語」なのだと。そういう意味では、撮影の手法というのは映画の印象を左右する重要なポイントだと感じる。そのあたりのさじ加減の妙が、先日観た『濁水漂流』と同じく撮影監督を勤めた梁銘佳(レオン・ミンカイ)の評価の高さを物語っているんやなと感じる。
すでに家庭を持っている熟年ゲイの二人。演じるのは太保(タイポー)、袁富華(ベン・ユエン)という実力派。太保と言えば、「成家班(チーム・ジャッキー・チェン)」「洪家班(チーム・サモ・ハン)」の貴重なバイプレーヤーとして、長年にわたって武侠片(カンフー映画)を支えてきた人。そんな俳優がゲイの熟年男性を演じるとどうなるのか…。ここらもまたこの映画に興味を抱いた理由の一つ。
実際、監督の楊曜愷(レイ・ヨン)の話によると、60代~70代の俳優の多くが武侠片出身であり、彼ら自身が同性愛問題にあまりさらされていないため、ゲイの役割を喜んで演じる男性俳優はほとんどいなかったと言う。
「テーマや役に興味はあるものの、濃厚なシーン、キスシーン、トップレスシーンを拒否した。しかしながら、これはこの映画の非常に重要な要素だと思うので、それ抜きではこの映画は考えられなかった」と、台湾紙のインタビューに答えている。監督は、映画俳優、テレビ俳優、声優まで、少なくとも120人以上の俳優と会い、ようやく太保がその役割を引き受けてくれることとなった。いや~、こんなに苦労するんか…。太保が確定した後、相手役の俳優を探すことになる。こちらも苦労したが、袁富華が引き受けてくれた。
「太保は実際に妻の意見を聞き、同意を得た」と言う。この辺は若い俳優と違って、映画で太保が演じた役同様に太保自身もまた家庭を築いているからこその、妻への気遣いというところなのかな。一方の袁富華は、このような役柄については非常に冷静で、特に否定はしなかったのだと。
太保が演じるタクシー運転手、柏(パク)の家庭は、結婚45年の妻、清(チン 演:區嘉雯/パトラ・アウ)との間に子供二人。兄はすでに結婚し一子あり。このたび、妹も結婚することに。と、ここまでは、伝統的な香港の人々の目には「幸せな家族」のモデルと映る。小生もそう思った(笑)。そんな至福の家庭がある一方で、柏はいわゆる「ハッテン場トイレ」を徘徊して「男漁り」をするゲイの男性という顔を持つ。ある日、彼は公園で「男漁り」している際に海(ホイ 演:袁富華/ベン・ユエン)という熟年男性と出会う。何度か密会を重ねるうちに、二人の距離は急速に縮まり、親密な関係を築いてゆく。
海は離婚後、一人で息子のワンを育てたシングルファーザー。今は退職し、息子夫婦と孫娘の四人で暮らす。息子の永(ヨン 演:盧鎮業/ロー・ジャンイップ)の関係はぎくしゃくしている。息子は年老いた父親に批判的で、海を悩ませる。そこには家庭の暖かさはない。盧鎮業がいつも父に投げかける冷たい視線は、父への優しの裏返しなのかも…、と気づくのは、物語の最終盤のことである。要するに息子は「父の秘密」を知っていたのだなぁと…。しかし盧鎮業はいいなぁ。ほんの二言三言会話したことがあるだけなのに、なんだか大親友のような気持ちでいつも彼の映画を観ている(笑)。
柏と海の絆はますます深まる一方。ついにはハッテンサウナで愛を「成就」させる。関係の深まりとともに、柏の妻の清は夫の行動の変化に浮気の疑惑を抱く。そこへ娘が婚約者をつれて来る。両親に「娘さんとの結婚を許してください」とまではいいが、「僕は今、失業中でお金がありません!」とも(笑)。こういうこと、いけしゃーしゃーと言うんだ(笑)。そして婚礼の日…。
あろうことか柏は海を招待する。ちょっとスリリング。嫁さんには「昔の友達と偶然再会したんだ」と偽るが、いやいや、嫁はんの目は節穴ではない。しっかり見抜いていた。この時の區嘉雯(パトラ・アウ)の「目の演技」が凄い! この映画全体で、最も重要で忘れられないシーンだろう。區嘉雯は香港話劇團(Hong Kong Repertory Theatre)という老舗の劇団で舞台女優として活躍する人。ベテラン女優だが、映画出演は今作が初めて。舞台とは勝手が違い、戸惑うことも多かったようだが、すぐに慣れたと言う。このシーンを見る限り、今後もスクリーンでお目にかかる機会があるんじゃないかと思う。あの目の演技はそれほどにインパクトが強かった。
海は年配の同性愛者のサークルに参加している。年をとるにつれて、超(チウ 演:江圖/コン・トー)やディオール(演:施魅力/シミリ―)のように家族の支援なしに自立して生活することは難しくなる。彼らは、政府に同性愛者専用の老人ホームの設立について訴えたいと考えている。しかし、サークルのほとんどのメンバーは、公共の場で自分たちの権利のためにカミングアウトし、声を上げ、戦うことに消極的である。社会からの偏見、真実を知らない家族には、ずっと秘密にしておきたいなど、立ちはだかる壁は高い。そんな中で葛藤しているのである。
結局、この葛藤が二人の蜜月を終わらせることになった。
柏は妻を選ぶことと秘密の同性愛者を選ぶことの間で葛藤しているように見えた。しかし、彼は家族間のいくつかの出来事、それは一般家庭ではごくごく小さな出来事だが、これらを経験した後、家族との日々を選択する決心をする。例の「お金ありません」の娘婿に、タクシードライバーの仕事を譲る。娘は「父さんは兄貴しか眼中にないと思っていたのに…」と、感謝に涙を流す。長男からは「退職後の生活を楽しめるように」と小遣いが届く。熟慮の末、柏は同性愛の恋人よりも妻と子供の大切に気づく。たとえそれが自分自身に正直ではない決断を意味するとしても…。
一方の海。立法会の公聴会で意見陳述するディオールの映像を深夜、自室で見入る。自ずとボリュームが上がる。居間にいた息子の永がその内容に気づく。「音、下げてくれないか」と一言。我に返る海…。永は「知らないフリをしている」父の秘密は、そのままにしておきたかったはず。だからこその一言だったように思う。永なりの父への気遣い、優しさなのかもしれない。今後も介入するすることなく、距離を置いてこの親子は一つ屋根の下で生きていくのだろう…。
熟年ゲイカップル、さらには老人のゲイ、多くは独居老人の老後の問題などテーマは多岐にわたる。それに加えて二人のそれぞれの家庭の問題も描かれていて、家族のありかたにも一石を投じているようにも感じた作品。いわゆる「BLもの」とは全く違う切り口のゲイムービーだから「うひゃうひゃ感」とは無縁の、リアリズムあふれる作品だった。
さて、ちなみにタイトルの「叔叔」だが、基本的には「おじさん、おっちゃん」という意味。香港在住を始めたころは「哥哥(にいちゃん、あんちゃん)」と呼ばれていたのに、いつの間にか出勤時にエレベータで一緒になる幼稚園児に「叔叔、早晨=おっちゃん、おはよう!」って挨拶されるようになっていた。まったくトホホな話だ、と思ったもんだ。老いとはこういうところから始まるものかもしれないね(笑)。
《叔.叔》SUK SUK 預告片 Trailer
《受賞》
■第56屆金馬獎
・5部門でノミネート
■第26屆香港電影評論學會大獎
・最優秀映画賞:『叔·叔』
・最優秀男優賞:太保
・他3部門ノミネート
■香港電影導演會2019年度大獎
・最優秀主演男優賞:太保
■2019年香港電影編劇家協會大奬
・最優秀キャスト賞:太保
・推薦脚本賞:楊曜愷
・他1部門ノミネート
■2020年度最港電影大獎
・最優秀香港映画賞:『叔·叔』
・他3部門ノミネート
■第39屆香港電影金像獎
・最優秀主演男優賞:太保
・最優秀助演女優賞:區嘉雯
・他7部門ノミネート
■香港電影我撐場民選大獎
・5部門ノミネート
■第14屆亞洲電影大獎
・3部門ノミネート
(令和4年11月28日 シネヌーヴォ)
リージョンコード: 3(日本製プレイヤーで再生不可) |
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。