【睇戲】よい子の殺人犯(台題:最乖巧的殺人犯)

台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢監督デビュー40周年記念
ホウ・シャオシェン大特集

2作続けて観るのは辛い。帰宅すると腰が痛くて痛くて…。とは言えだ、1回ポッキリの上映となれば、見逃すまいと鼻息も荒く連チャンするのが人情というものでござんしょ。腰は整体院かなんぞでほぐしてもらうとして、次の作品を観ることとする。なんとも不思議な良作『大仏+』に続いて観たのが、これもちょっと不思議な感じの『よい子の殺人犯(台:最乖巧的殺人犯)」」。本作も「江口洋子スペシャルセレクト」の1本である。「侯孝賢作品はいづこに?」とおっしゃるそこのアナタ、そう焦らないで。そのうち出てきますから(笑)。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

江口洋子スペシャルセレクト
よい子の殺人犯 台題:最乖巧的殺人犯

台題『最乖巧的殺人犯』
英題『The Magnificent Bobita』
邦題『よい子の殺人犯』
公開年 2019年 製作地 台湾
言語:標準中国語、台湾語
評価 ★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督): 莊景燊(ジャン・ジンシェン)

領銜主演(主演):黃河(ホアン・ハー)、王真琳(ワン・チェンリン)
主演(出演):王恩詠(ワン・エンヨン)、呂福祿(ルー・フールー)、何瑷芸(タミー・ホー)、方佳琳
アニメ部分声優:李涵菲、張景祥

【作品概要】

アニメオタクと貧困家庭や孤独、引きこもりなどの社会問題も盛り込んだ作品。 母親と認知症の祖父と暮らアニメオタクでニートの阿南は、マニア仲間の女の子に恋をする。彼女が欲しがるレアなグッズを買うためにバイトを始め、祖父の預金をこっそり借りて購入。彼女との甘い夢が実現しようとした矢先、思いも寄らないことが起こる。そして、家庭ではとんでもないことが…。<引用:「台湾巨匠傑作選」公式サイト作品案内

一人の冴えない青年。フチなし丸眼鏡、伸ばしっぱなしのロン毛、アニメおたく、丈の長すぎるTシャツ、家の中ではもっぱらトランクス。キラキラの超イケメンが主人公になることが多い台湾映画ではかなり異質な主人公。この冴えない主人公、阿南(アナン)を演じた黃河(ホアン・ハー)は、実は若手イケメン俳優である。なかなか振り幅の広い俳優である。家庭とアニメオタク仲間の双方から追い詰められてゆく青年なんだが、日本的解釈で観た場合、このタイプのオタクは一時代前の『電車男』みたいなタイプで、今はなかなかいないんじゃないかな?ま、アニヲタという存在をわかりやすくデフォルメしたというところかな。

同一人物ですww

彼が入れ込んでいるのは、日本の超人気アニメ『ボビッター』。もちろん映画の中の創作である。監督の莊景燊(ジャン・ジンシェン)は当初、「ピカチュウ」を使いたかったらしいが、版権問題が解決せず、自分たちで日本の人気アニメとして「ボビッター」を創作した。ちなみに莊景燊は、今回の「江口洋子スペシャルセレクト」で上映される『High Flash 引火点(台:引爆點)』の監督も務めている。どちらの作品も台湾社会の問題点を鋭くえぐる。ポスター右に書かれた「家とは廃墟なり。そこに住む自分はゴミである」というコピーが、なんだか小生のことを言われているみたいで、ちょいドキッとする(苦笑)。

本作が焦点を当てるのは「ひきこもり」「老人問題」「貧困」というところか。あれこれ詰め込みすぎたのかな、とも感じたけど…。どうなんでしょうね。「ひきこもり」という点では、主人公、結構外に出てたし「リア充」みたいなこともやってるし、ちょっと違うかもな。

主人公の阿南はコミュニケーションがとにかく苦手で、仕事も続かない。痴呆症の進む祖父(演:呂福祿/ルー・フールー)と母親(演:何瑷芸(タミー・ホー)の3人暮らし。阿南が当てにならないのもあって、母親が家計を支える。このお母さんが不憫でならない。阿南は父と兄を無理心中で一度に亡くしている。母はそれが阿南に対して負い目ともなっている。『ボビッター』の世界に逃げる阿南は、夜な夜な、ネットでボビッター仲間とおしゃべりにいそしむことが楽しみ。ボビッターこそ彼の世界。

そこへ祖父の貯金目当ての阿南の叔父(演:王恩詠/ワン・エンヨン)が乗り込んできて一暴れという、なんだか救いようのない展開。阿南はおびえるしかないという情けなさ。この叔父を演じた王恩詠は多分今回初めて見る顔だと思うけど、どうしようもない叔父にぴったりだな。

叔父に言いたい放題、やりたい放題されても、この通りの阿南君 ©國家電影及視聽文化中心

阿南が「ボビッター」仲間たちと「オフ会」で集まるアニメショップは、ボビッターグッズであふれている。これ、全部作品手作りなんよな、実に涙ぐましい。「劇中アニメ」ももちろん手作り。70年代初頭、小学生だったころ、まだアニメが「マンガ」と呼ばれていた時代のようなテーストだったが(笑)。いや、笑っちゃいかんね。

で、このオフ会でもアニヲタたちの人間関係にうまくなじめない阿南だが、草苺(いちご 演:王真琳/ワン・チェンリン)という女の子との交流が始まる。きっかけは阿南が日本で発売されたばかりのボビッターの着ぐるみをネットで発見し、購入しようとしている、ってことからだったかな。で、「リア充」よろしく、デートなんかもして、美麗華(だと思う)の観覧車のてっぺんでキス…とかねえ、「なんやお前ら!?」みたいな(笑)。

強引ないちごちゃんに引きずり回される阿南だが、それはそれで楽しそうだったが…

さてさて、珍しく性根入れてバイトして40万円もする着ぐるみを購入した阿南だが、送られてきたのはとんでもない代物だったという、気の毒なことに。「騙されたんだよ、ケケケ」と嘲笑するアニヲタ連中、そして誰よりも着ぐるみを楽しみにしていたいちごちゃんは、なぜかそれを阿南が自分を裏切ったみたいに取ってしまう…。「この子も随分と痛い子だな~」と感じた。慰めてやれよと。結局、いちごちゃんも何らかの背景があって、阿南同様に「ボビッター」の世界に逃避していたのかもな。

さて、「正義の味方ボビッター」は思わぬ結末を生み出す。おじいちゃん、本当に痴呆症だったのかなぁ…。自ら着ぐるみを着て飛び降り自殺…。ゴミが山積する路地裏に落ちたまま、何日も気づかれず…。ほんと、救いようのない展開になってゆく。そして阿南は家族を追い詰める叔父とその彼女を、祖父の葬儀の場でズッタズッタにしてしまうのだが、ここは「夢か現か」という映像になっている。

おじいさん、こんな死に方してしまって…。すごく痛々しく悲しいシーンだった ©國家電影及視聽文化中心
人殺しもボビッターのTシャツを着て(笑)。美術さんがんばって、ボビッターTシャツも数種類あった

ラストシーン。穏やかな表情で電車に乗っている阿南。このシーンだけ見ると、ボビッターのオフ会へ向かうアニヲタとしての阿南という感じ。となると、さっきまでの凄惨なシーンはやっぱり非現実のシーンだったのか? もし観客にその解釈を委ねるのであれば、もう少しだけ丁寧な伏線回収がほしかった。「観たい映画リスト」に入っていた作品だけに、少々残念だった。

ところで、最後に「この映画を脚本家の廖柏茗に捧げたい」と出てきた。『High Flash 引火点』と製作が同時進行していたのだが、先に本作に資金が集まったので、若い廖柏茗(リャオ・ボーミン)に脚本を託してクランク・インするも、完成を待たずに彼が急逝するということがあったからだ。

【最乖巧的殺人犯】 正式預告

(令和3年6月27日 シネ・ヌーヴォ)



 


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