第16回大阪アジアン映画祭
世界中の映画祭が、中止もしくはリモート開催を余儀なくされる中、大阪アジアン映画祭は昨年に続き今年もまた、観客を入れて開催される。欧米と事情が大きく異なるとは言え、これは快挙。関係者と観客の感染拡大防止に対する意識の高さを物語っている。とは言え、大阪府にも緊急事態宣言が発出されている中での上映時間の組み立てには苦心したと見え、20時以降の上映は無く、結果として「観たい!」作品の中には、どうしても行けないものが多かったのも事実。また、昨年に続き、各国、地域はもとより、国内の監督や俳優の舞台挨拶、楽しみにしている「Hong Kong Night」など特別イベントの開催も無しと、これもまた2年連続での寂しい大阪アジアン映画祭でもある。
それでもまあ、行けるだけ行くんですがね(笑)。で、最初の1本目、オープニングの『映画をつづける』を観たかったんだが、時間的に18時30分以前の上映開始では無理だ。ってことで涙を呑んで、2日目から活動開始。そこはまあ、結局のところ港産片(香港映画)になりますわな、行きがかり上(笑)。それにしてもこのご時世に、座席の間隔を空けることなく全席完売とは素晴らしのか、はたまた無防備すぎるのか?
特集企画《Special Focus on Hong Kong 2021》|コンペティション部門
エリサの日 港題:遺愛 <ワールドプレミア上映>
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
港題『遺愛』 英題『Elisa’s Day』
邦題『エリサの日』
公開年 2021年 製作地 香港
言語 広東語
評価 ★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):馮智恒(アラン・フォン)
編劇(脚本):馮智恒
領銜主演(主演):鄭中基(ロナルド・チェン)、陳漢娜(ハンナ・チャン)、胡子彤(トニー・ウー)
主演(出演):陶禧玲(キャロル・トー)、周祉君(アーロン・チョウ)、張満源(ケネス・チャン)、吳浣儀(アンナ・ン)
客串演出(ゲスト出演):彭杏英(ポン・シンイン)、高翰文(コウ・ハンマン)、黄定謙(ヒミー・ウォン)、鍾舒祺(スーキー・ジョン)、盧祝君(ロロ・ロー)
香港政府による新しいクリエイターの発掘・育成を目的としたプロジェクト「首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative)=オリジナル処女作支援プログラム」入選作。今年は本作のほか『手巻き煙草(港:手捲煙)』がそうだし、昨年は『私のプリンス・エドワード(港:金都)』、『散った後(港:散後)』が上映されたほか、これまでに『一念無明』、『どこか霧の向こう(港:藍天白雲)』、『青春の名のもとに(港:以青春的名義)』、『みじめな人(港:淪落人)』、『G殺』と、入選作のほぼすべてが大阪に登場している。わずかに1作、それも小生が一番観たい、多分香港で最初で最後の野球映画となるであろう『點五步』だけが上映されていない。なぜだ?! 今作ではその『點五步』でデビューした胡子彤(トニー・ウー)が領銜主演、すなわち大看板に名を連ねている。やっと会えたな(笑)。しかし、好きだね、大阪アジアン映画祭は首部劇情電影計劃が。まあ、わかるけどな(笑)。
石原さとみファンの監督の馮智恒(アラン・フォン)は長年ドキュメントを撮ってきた人だが、今作が長編初チャレンジ。実際に起きた事件が元になっている。映画同様、運び屋をやっていた少女が法廷で「これで救われる」と発言したことに衝撃を受けたのだと言い、その背景にあるものを描きたかったと。ま、後は大阪アジアン映画祭のYouTubeに監督インタビューがアップされてるのでそっちを見てね(笑)。いかに意欲的に取り組んだか、ってのがよくわかるインタビューになっている。こういう形でのインタビュー公開というのも、監督が来日できないご時世ならではの試み。実際には上映後の限られた時間での質疑応答よりも話がいっぱい聞けてよいな。ホンマは来てはほしいけど…。
【作品概要】
エリサ(陳漢娜/ハンナ・チャン)は15歳でマンワイ(胡子彤/トニー・ウー)との子を産む。下っ端ヤクザのマンワイは常にどこかへ雲隠れで、傍にいてくれる愛を求めるエリサは心満たされぬまま女手一つで娘を育てるが最後には大きな悲劇が。定年目前の刑事ファイ(鄭中基/ロナルド・チェン)が最後に手掛けたのは麻薬に手を染めた若い女性だったが…。<引用:大阪アジアン映画祭作品紹介ページ>
実は日本語が流暢で今回も大阪に行きたがっていたという陳漢娜(ハンナ・チャン)も、すっかりこの映画祭の常連。一昨年の『G殺』、昨年の『堕落花』と3年連続で大阪に登場。今作では前2作とは違う顔を見せている。結果的に夫を殺害してしまう役だが、あの展開では殺したくもなるというもんだ。チンピラと恋に落ちた時点で、その後の転落するばかりの人生が確定したようなもんだ。あの男はホント最低な野郎だったな。何が「バラのいっぱいある滝へ行こう!」や。単なる出まかせなのか、エリサを安心させるための方便なのか…。
エリサ、ファイ刑事ともに家族が描かれるが、この男は家族のことがわからない。わずかに「兄貴」と慕うチンピラの親玉が出てくるくらいだ。「親の顔が見たい」んだがな(笑)。そしてこんなチンピラでさえ「これからは中国で稼ぐ時代だ!」と言ってはばからない。それが90年代後半から2000年代初頭の香港の「空気」だった。そこは上手く時代を織り込んでいるな、監督さん。
やっぱり主役の中の主役はノーギャラで出演の鄭中基(ロナルド・チェン)。
随分昔の話だが、飛行機の中で酔っ払って暴れたのが響いて、一時期干されていたよな…。今回観る限りでは、なかなかいい役者になっているではないか。
本映画祭は2015年の『全力スマッシュ(港:全力扣殺)』以来かな。コミカルな役どころが多い印象だったが、今回は定年退職目前の刑事という渋い役。陳漢娜(ハンナ・チャン)演じるエリサ一家を崩壊させたことが原因で、熱血刑事としての気力が萎えてしまったのだが、定年目前にして最後であろう取り調べの相手が…。ねえ、こういうの因果というもんですわな。まあこの作品自体、因果を張り巡らせていて、色々言いたかったのはわかるけど、先が読めてしまうような展開無きにしも非ずで、ちょっとその辺が「な、そうなるやろ」とさせてしまうのが残念ではあった。そういうの好きな人もいるだろうけど、多くはないと思うよ。
すっかり成長したエリサの娘デイジーを演じた陶禧玲(キャロル・トー)ってのが、なかなかよい。まだまだキャリアは浅く、演技も「あと一歩」って感じを受けたが、この表情が作れるのは将来有望だな。
自身も孤児だったというファイ刑事は、このデイジーが幼いころからよく知っている。養母が働いていた映画館の「常連さん」だったから…。
窓口はたいていあの年齢くらいのおばさんが座っていて赤鉛筆で座席表に印つけながら売ってたもんだ。ああいうタイプの映画館も香港からほとんど消えたけど…。
母親すなわちエリサが映画館の客席で「客を取って」いる間、養母はエリサが何をしているかは不問に付して、デイジーを預かっていた。やがて、デイジーはファイ刑事にも懐いて「戲院哥哥(映画館のお兄さん)」と呼ばれるようになり、刑事、養母、デイジーの3人で記念撮影するなど幸福なひと時も味わった。あくまで、エリサの行状には口をはさむことなく…。ちなみに、戲院哥哥は字幕では「映画館のおじさん」だったけど(笑)。しかしそれもチンピラの旦那の嫉妬で館内で刃傷沙汰が起きて…。結局、あいつかよ…。
画面は現在と過去を行ったり来たりしながら進んでいくんだが、ごめんなあ、ちょっと終盤どうしても「小」の方が我慢できなくて数分間退出。その間、何があったかは知らないけど、知らないままでもう席に戻らなくてもよかったのかなとも思った。いやねえ、戻ったら、「ああ、やっぱりこうなるか」というラストシーンが待ち受けていたから。親切な作りである。ただあそこは観客に「後の展開はご想像に任せます」って終わり方でもよかったんじゃないかな、と。その分で★3つにとどまってしまった。う~ん、どうなんでしょうねえ…。逆に言えばあそこで「ああ、よかったね」と納得したい人もいるだろうし…。小生は「右か左か、それも真っすぐが」っていうような分かれ道を残しておいてほしかったかな。ただ、あの場面があったからこその原題『遺愛』ってもんでもあるわな。うん、そう納得しておこう!
「ワールドプレミア上映」、すなわち世界中で一番最初に一般観客が目にする上映っていうのは、かなり優越感に浸れる。そもそも、この作品はこの先、日本でロードショーされるのかどうかもわからないしね(無いと思う…)。そういう意味では非常に価値のある一作ではあった。
OAFF2021『エリサの日 / Elisa’s Day / 遺愛』予告編 Trailer
(令和3年3月6日 シネ・リーブル梅田)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。