「民主」の名のもとの暴言
9月7日、香港特区政府教育局副局長の蔡若蓮(チェ・ヤック・リン)女史(50)の息子が自殺したことが明らかになった。その直後、香港教育大学内でこの事件を嘲弄する貼り紙が発見された。「貼り紙の内容を評論する立場にはない」とし、大学が監視カメラの解析で犯人を割り出した行為をめぐって、「白色恐怖(=白色テロ)」だと抗議する学生会側と、「越えてはならない一線がある」として、貼り紙の内容と犯人を叱責する大学側の溝が深まっている。最初に小生の見解を記しておくが、「はっきり言って糞野郎の行い」である。
「恭喜蔡匪若蓮之子魂歸西天」。「蔡若蓮(という匪=悪人)の子の魂は西の空へ帰って行ったことを心よりお喜び申し上げる」。「民主」の下ならば、何をやっても許されるってわけではないだろ…。
「国民教育」実現への危惧と民主派の信用失墜
まず、こんなクソな事件が起きた背景として、蔡若蓮という人について触れておく必要がある。7月に就任した林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の下、新たに発足した特区政府人事で注目の一人だったのが、教育局副局長の蔡若蓮である。蔡氏は建制派(親中派、財界派など親政府派)の香港教育工作者連会副主席と左派系の福建中学(小西灣)校長を務めていたため、民主派が副局長就任に強く反対していた。民主派の教育団体である教育専業人員協会は「今後、偏向がないか政府の施政を厳格に監察してゆきたい」と表明していた。
で、民主派がもっとも危惧したのは、言うまでもなく、一旦は見送りとなっていた「国民教育」の実現である。蔡氏のキャリアの背景からして、そう思うのも無理はないが、これについて、蔡氏就任翌日の8月2日の会見で、林鄭行政長官は、「現時点では(見送りとなった)5年前の手法で国民教育を展開する計画はない」と言い、蔡氏自身も「国民教育の実施なんて、副局長が単独で決定できるものではない。国民教育の推進については、林鄭長官から今期政府の優先課題ではないと聞かされている」と語った。
これでOKじゃないか、と思うけどね…。あかんのですか? 民主派も「厳格に監察する」と言っているわけだし。しかし、今の香港はそうはいかない。民主派が「静観」を決め込んだとしても、「雨傘」以降、若者は、政府はもちろん、従来からの民主派も信じていない。拙ブログでも、何度も繰り返してきたが、「雨傘」は「反香港政府、反中央政府」のデモであると同時に「反民主派」のデモという一面もあったのだから。小生からすれば、「民主派に対する信用も、落ちるとこまで落ちたな」というところだ。
亡くなったのは、蔡副局長の長男の潘匡仁(ピーター・パン)さん。享年25。――なんか聞いたことある名前だが…。それはさておき。あと3日で26歳の誕生日だった。海外の大学を卒業後、香港で物理療法職に従事していた。音楽やスポーツが得意な、画に描いたような文武両道の好青年だった。
ところが、昨年10月に参加したトライアスロン大会が運命の分岐点となってしまう。同大会で負傷し、頭蓋骨骨折や脳出血を負い、一時は生死をさまよう。回復後は抑うつ状態で通院していたという。事件当日は自宅の擎天半島(ソレント)の41階バルコニーからの飛び降りを企図したところを、発見した家政婦に一度は制止された。その後、自室にカギをかけ、投身自殺した。
監視カメラの設置は「白色テロ」?
この痛ましい事件を嘲る貼り紙が見つかった掲示板だが、先の「香港独立」の貼り紙が最初に見つかった中文大学と同様、学生たちの意見交換の場のひとつとして各大学には、「民主牆(=民主の壁)」という掲示板が設置されている。今回もその「民主牆」で、「香港独立」のメッセージなどに混ざって「恭喜蔡匪若蓮之子魂歸西天」の文字が書かれた貼り紙が発見された。この蛮行に対して香港教育大学校長が会見し、遺憾の意を表明した。同大学生の仕業なのかは不明としつつも、「道徳の一線を超えた恥ずべき行為」と叱責。
翌8日には林鄭行政長官も「道徳を外れた冷血な言論」と批判した。
そして大学側は、監視カメラの映像から貼り紙を貼ったのは「若い男2人」と割り出す。香港教育大学学長の張仁良(ステファン・チョン)は「もしこの2人が本学の学生であることが証明されれば大学側は規律プロセスに沿って処理する」と説明。対して、学生会会長の黎曉晴は大学側が監視カメラの映像から割り出した者を追究するのは「白色テロだ」と批判した。
学生会の批判に対し、特区政府教育局局長の楊潤雄(ケビン・ヤング)局長は「言論の自由には越えてはならない一線がある。大学側の対応を白色テロと思わない」と強調した。
そんなさ中、香港城市大学で8日深夜、「香港独立」の黒いTシャツを来た男子が、「民主牆(=民主の壁)」に蔡副局長を嘲る貼り紙を張った。内容は教育大に貼られたものと同様だった。警備員に見つかって逃走するも、写真(=下記)から2016年に選挙主任への脅迫行為で逮捕されていた人物と特定された模様。
劉曉波、劉霞夫妻への嘲弄も出現
そして再び教育大学。今度は故・劉曉波氏とその妻を嘲弄する貼り紙が9日、出現した。劉曉波と言えば、中国の人権活動家で、投獄中の2010年にノーベル平和賞を贈られたが、解放されないまま今年の6月に、肝臓癌による多臓器不全で、獄中で死去。最期を看取った妻の劉霞は今なお北京当局による隔離措置の下に置かれたままである。香港のベテラン民主活動家たちにとって、中国人初のノーベル平和賞受賞者・劉曉波は「輝く我らが民主の星」だったのである。
「恭喜劉匪曉波魂歸西天=悪人劉曉波の魂が西の空へ帰ったことを心よりお慶び申し上げる」、「祝賀劉霞永被我黨軟禁=劉霞が永遠に我が党に軟禁されることを祝賀する」と、簡体字でプリントされているが、言葉遣いやフォントからみて、大陸の学生の仕業に見せかけようとした意図がうかがえると、香港各メディアは報じる。これまた悪質極まりない行為である。中国国内での人権活動が評価されてノーベル賞を受賞した劉曉波は、中共にとっては許すまじき人物であり、その人物の死を「簡体字」で嘲弄する大陸人だっている、だから蔡副局長の長男の死を嘲弄する香港人がいても、不思議なことではないじゃないか、という極めて幼稚な思考回路からの行為だ。実際に「大陸の学生の仕業に見せかけようとした」香港の学生の仕業なら、幼稚なうえにさらに悪質である。仮にも「香港教育大学」である。「教育者を志す学生の為せる行為か?」ということである。
現代版大字報
思えば、一連の「掲示板」が引き起こした騒動は、現代版「大字報=壁新聞」の様相を呈している。文化大革命期、毛沢東は大字報を非常に効果のある新式の武器であるとして、大衆のいる所で大字報を活用し、文革派=造反派の情報伝達・宣伝手段として発展してゆく。今や、「大字報」はSNSを通じて瞬時で世界に拡散する。伝達速度は文革時代とは比較にならない。ましてや狭い狭い香港のこと、その反応もまた瞬時である。何と言っても、中文大にしろ教育大にしろ、各大学の学生会の言い分がまるで文革時代の「造反有理」なのだ。「言論の自由があるから、何を書いても何を言ってもOK」という姿勢は、賢い人間のとるべき姿勢ではないと思うが。文革との大きな違いは、反対勢力がこれまた瞬時に対抗する「大字報」を出してくるという点だろう。
9月17日には、建制派(親中派、財界派など親政府派)による「反港獨、反冷血、反偽學吶喊大會」なる大集会が開催され、約4千人が参集した。建制派無所属の立法会議員・何君堯(ユニウス・ホー)が呼び掛けた集会で、雨傘運動に発展した「佔領中環(Occupy Central)」発起人である香港大学法律学院副教授の戴耀廷(ベニー・タイ)の免職を大学側に要求するためだが、「昨今、各大学で『香港独立』の主張が掲げらたり、道徳に反する冷血な言論が現れたのは占拠行動発起人らが『違法行為によって正義を達成する』ことを煽動したためだ」と指摘。「占拠行動から4年余りが経過したというのに、戴氏がまだ清算を果たしていないので、香港大に免職を促す!」と咆えた。
「香港独立」をめぐる集会とかデモとか、これから毎週末ごとに開催されるだろうな。ちょっとした小競り合いが起きても不思議ではない。きっと海外メディア的にはその方が好都合だろう。「言論自由を抑圧する親中派」という願ってもない被写体ができるわけだし…。しかしながら、そこに、従来の民主派すなわち汎民主派の出る幕はない。連中は「香港独立」には反対の立場だし、かと言って建制派と「呉越同舟」もありえないわけだし。
返還から20年。香港の風景もずいぶん変わったなぁと、つくづく思うのである…。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。