香港では9月に新学年がスタートする。と同時に、今、香港の大学がやけに騒々しい。日本の大学の4月のように、クラブやサークルが新入生の勧誘に忙しく走り回る光景とは全く違う騒々しさ、いやきな臭さ。イデオロギーが衝突し、政治化が急速に進む9月となった。
中文大学に現れた「香港独立」のスローガン
騒ぎのメーンステージは「香港中文大学」。キャンパスは新界にあり、香港大学と並んで、アジアでもトップクラスの優秀な大学である。同大学の入学式が行われた9月4日、今や中共が最も神経を尖らせる「4文字」の横断幕や垂れ幕、ポスターが、学内数か所で発見された。
その敏感な「4文字」は「香港独立」。2014年の「雨傘行動」が何の成果も生み出さなかったことで、一部の若者に「こうなったらもはや、香港は独立するしか道はない」という機運が強まる。これまでの民主派にはなかった独立志向、いわゆる「港獨派」の出現である。このうねりは急速に強まり、2016年9月の立法会選挙では、色彩の濃淡はあれど、「港獨派」「本土自決派」といった「香港のことは香港が決める」と主張する若手議員を輩出するに至った。しかし、この面々は今や議員職を解かれ、獄中にいる者さえもある。香港特区政府は「香港の法に従った結果」として、中央政府の介入を真っ向否定するが、そんなものを信じる香港市民は皆無に等しいだろう。
こうした中、中文大学の入学式に、「香港獨立」、「HK INDEPENDENCE」などと書かれた横断幕や垂れ幕、「拒絕沉淪 唯有獨立(=陥落拒絶、独立あるのみ)」と書かれたポスターが掲出される事件が発生した。大学側は、横断幕類は申請・許可を得ずに掲げられていたため即時撤去したことを明らかにし、「大学側の一貫した立場は『香港独立』に絶対賛成しない」とあらためて表明した。
これら横断幕とは別に、MTR大學駅前の「民主女神像」には「香港政治犯名單(=香港政治犯リスト)」とした、起訴または収監された反建制派=反親政府派関係者の名前が列挙された布が巻き付けられてもいた。
学生会会長の區子灝は、女神像に「香港政治犯リスト」を掛けたことを認め、「香港の法治は有名無実。法律を順守する必要はないと思う」などと述べる一方で、「香港独立」の横断幕については「誰が掲出したかは、与り知らぬこと」と述べた(いや、シラを切り通した?)。
大学側が30分ほどで全部撤去したはずの「香港独立」の横断幕だったが、翌5日には再び横断幕や垂れ幕、ポスターが発見された。学内の文化広場には、「香港独立」と書かれた横断幕が掲げられ、掲示板は「拒絕沉淪 唯有獨立」のポスターで埋め尽くされていたのである。
他大学にも拡大
大学側は学生会に対し、「関連の言論は法律違反であり、大学側は一貫して香港独立の立場には賛成しない。学生会に関連の横断幕とチラシの撤去を要求する。さもなくば不適切なものは撤去する」との書簡を送るも、学生会は「大学側の要求は言論の自由を弾圧するものである。文化広場に座り込んで、強制撤去を阻止する」と不満を表明した。
中文大の学生会の動きに呼応し、香港大学、城市大学、教育大学の掲示板にも「香港独立」「支持中文大学生会」などのチラシが多数貼り出され、騒動は他大学にも拡大。
大陸出身学生による反抗
今や香港の各大学で「多数派」を占める勢いにある、本土からの学生も黙っていない。
5日には、中文大掲示板に貼り出された「拒絕沉淪 唯有獨立」のポスターを大陸出身の女子学生(?)が剥そうとし、止めに来た学生会メンバーと口論となる。その模様はネット上に流れ、世界の目が「香港中文大学」に集まり出した。件の女子学生は、現場に居合わせたメディアの取材に対し、「わたしの行動を支持する学生は多いが、港獨派がネット上でわたしを罵倒し、捜索を呼び掛けていて、恐怖心を抱いている」と答えたが、その口調は激しく、とても恐怖を感じているとは思えない。ネットで流れるのを意識したのか、英語で受け答えして、学生会との口論も英語だったのが印象的だ。一応、「自称」学生だが、実は親中団体のメンバーだったりして…。
親中派団体と学生会の罵倒合戦
7日午後3時ごろには、親中派市民グループの「珍惜群組」のメンバー10数人が中文大に乗り込み、学生会が香港独立や校内の分裂を煽っていると批判。学生会と激しい罵倒合戦に発展。この模様は、なぜか日本の「ニコニコ動画」でも動画配信されていた。
騒ぎは、学生事務処処長が調停し、なんとか鎮静化したかに見えたが、午後5時ごろになると、約100人の学生が「♯CUSU IS NOT CU !( =中文大学生会は中文大学生を代表しない) 」などと書かれたチラシで掲示板を埋め尽くし、再び学生会との大バトル発生。学生会メンバーの中には大陸出身学生らに「”支那”へ帰れ!」と連呼した者もおり、バトルの火に油を注ぐことになったようだと、親中系のネットメディアの多くが伝えている。かつて香港でも「支那」は日本における中国の蔑称という認識されていたが、90後(1990年代生まれ)の若者にその認識は薄く、この数年、香港の若者は大陸や大陸人に対して、平気で「支那、支那人」と言う。時代も変わったもんだ…。
で、この抗争の激化に対して、中文大学長の沈祖堯は同日、公開書簡を発表し、「独立は基本法に違反する」と強調し、「大学は学習の場であり、政治の綱引きの場ではない」と述べた。
独立を唱えることは、基本法に反する行為か?
「独立は基本法に反する」というのは、これは議論の余地のあるところで、現時点で、国家の転覆や分裂を企図する言動を取り締まる「国家安全条例」は立法化されていないのだから、厳密には「違反」ではないと思う。ただし、これとは別に「煽動意図」や「煽動文字の発表」は刑事罪行条例に違反しているので、「香港独立」がこれに当たると司法が判断すれば、各大学の学生会主要メンバーは、2~3年の禁固刑に処せられることになる。いまのところ、大学側は学生会を処罰したり刑事告訴する考えはないようだが、エスカレートするようなことがあれば、大学側に考えがなくとも、巨大な力が動くことになるかもしれない。沈祖堯学長は、「政治の綱引きの場ではない」と言うものの、すでに「政治の綱引き」は始まっているのかもしれない。
気の毒なのは、ちゃんと勉強しようと思っている大多数の中文大学生である。特に新入生は入学早々にこの大騒ぎでは、なんとも落ち着かないことだろう。ま、こういう「悪い見本」の先輩たちみたいにならないよう、彼らとは一線を画すのがよかろうかと。深入りすると、一生を台無しにしかねない。
若者が政治にかかわることのリスク
ネタ元も8月以降アップデートしていないので、一か月ほど前のリストを参照したのだが、「雨傘行動」など「民主活動」に関わった人士で罪が確定した者、審議中の者たちはなんと118人に及ぶ。民主派は彼らを「政治犯」と呼ぶが、中には明らかに「犯罪」という事案もあるので、ひとくくりに「政治犯」と言いきってしまうのは無理がある。
注目すべきは、黃之鋒(ジョシュア・ウォン)、周永康(アレックス・チョウ)、羅冠聰(ネイサン・ロー)の3人である。3人が罪に問われたのは、「926公民廣場案」すなわち、雨傘運動の契機となった事案で、愛国教育の必修化に反対し、2014年9月26日に政府庁舎前の広場を不法占拠し、民衆を扇動した、という罪状である。
黃之鋒は、当時は高校生だったが、「學民思潮」という中高生による政治団体を結成し、愛国教育の必修化を見送らせる成果を上げており、雨傘運動においても『TIME』の表紙を飾るなど、象徴的な人物として国際的に知られている。
周永康は、雨傘を主導した団体の一つで各大学が連携する学生民主化運動組織「香港專上學生聯會=學聯」の主要メンバー。羅冠聰も學聯の主要メンバーで、2016年の立法会選挙では、「本土自決派」の政党「香港眾志(Demosisto)」を結成して立候補し、当選したが、議員宣誓での不備によりその職を追われてしまう。3人ともすでに刑は確定し、それぞれ社会奉仕という刑を全うしたが、特区政府はそれに不服を唱え、裁判やり直しという理不尽な事態となり、結果として禁固刑に処せられてしまう。
これからの香港、こうした事案が多発すんじゃないかと思う。だからと言って「政治にかかわるな」とは言わないし、「香港独立」を訴えるのも大いに結構なのだけど、前途洋々たる大学生時代に、人生に汚点を残すようなことにならないよう、そこはよく考えて行動してほしいなあと思う。いささか老婆心ではあるが、一香港永久居民としての思いである。
香港出身学生と大陸出身学生の対立激化
いずれにしろ、中文大学にとどまらず、各大学では今後一層、香港出身学生と大陸出身学生の対立は激化すると思う。返還20周年を特集したNHK BS1の『国際報道2017』で見たのだが、大陸出身学生が香港の未来に明るいものを感じ、広東語を使わず香港人とも交流せずに独自社会を作り上げていこうとしているのに対し、香港の若者は将来を悲観し、香港を離れることも辞さないと考えているのを見て、中共があらゆる手立てで、本格的な「香港回収」に動いているのを痛感した。
香港の若者は「独立」を唱え、流血も辞さないと息巻くだけで、こうした回収工作に抗うことができるのか? そこはよく考えて行動すべきだと思うけど、そうもいかんのかな…。個人的には、中共に飲み込まれてしまった香港なんぞは見たくないので、若者にはエールを送りたい。が、しかし。「香港返還」にその筋書は無いわけで。いやもう、複雑な気分だわな…。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。