【上方芸能な日々 文楽】通し狂言 菅原伝授手習鑑~住大夫引退公演~<第2回目鑑賞>

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人形浄瑠璃文楽
国立文楽劇場開場三十周年記念 七世竹本住大夫引退公演
通し狂言 菅原伝授手習鑑

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今日も補助席が出る、満員の文楽劇場。『通し狂言 菅原伝授手習鑑』は、住大夫引退公演とあって、大盛況の日々。「通し狂言」だけに、登場人物もとにかく多数。芝居絵もこんなににぎやかになる。

あれは高校2年生の事、昭和55年(1980)か。現在の国立文楽劇場以前の文楽の常打ち小屋だった、道頓堀の朝日座(今の場外馬券のあたり)へ学校の「芸能鑑賞」ということで、文楽を観に「行かされた」(笑)。「どうせ退屈やろから、ずっと寝てよ」と決め込んでいたのだが、いやいや、そうはさせなかった文楽。よく覚えている。当日、我々高校生向けに演じられたのがこの『菅原~』の一幕、「車曳の段」。退屈どころか、人形の動きやお囃子がダイナミックで、いっぺんに引き込まれてしまった。

以来、文楽通いが34年も続いているのだから、あの日の、今で言うところの「文楽鑑賞教室」は、少なくとも一人、息の長い見物人を獲得したことになる。大成功じゃないか!

今公演が、大阪ラスト公演となる住大夫の浄瑠璃にも随分と鍛えられた。

ようやくですよ、ようやく。ここ数年のことよ。「ああ、エエこと言うてるなぁ、この浄瑠璃」とか、「この太夫、前回より下手になってるやん!」とか、「ちょっとちょっと、三味線、ここはそうやったアカンのんちゃうのん?」なんかがわかり始めたのは。ボンクラ見物人だから仕方ないけど、34年かかるんですよ、そんなことが「はは~ん、そういうことか」と、わかるようになるには。いやいや、賢い人は2,3回来たらわかるんやろうけど…(笑)。
そこまで根気よく鍛えてくれたのが、住さんをはじめとする、名人、上手の皆さん。

そんな「恩師」である住さんの浄瑠璃をナマで聴く機会も、この日と千秋楽を残すだけとなってしまった。この前も書いたけど、もっと大事に聴いてこなアカンかったなあと…。

住さんとともに「恩師」の一人、豊竹嶋大夫が残念なことに、4月12日公演から急病につき休演となってしまった。初日の「寺子屋」。客席を圧倒的な支配力で「完全制圧」していた嶋さんの大熱演を体験して、大いに感動すると同時に「千秋楽まで身体持つんかいな?」と心配したが、悪い予感的中。じっくり静養して、願わくば、千秋楽にもう一度、あの「圧倒的支配力」で客席を包み込んでほしいと願う。(「じっくり静養してほしい」んか、「さっさと復帰してほしい」んか、どっちやねん!とww)

その嶋さんの代役に、竹本千歳大夫が「抜擢」された。実力派だけに無難にこなすと思われるが、なにせあの嶋さんの「寺子屋」の代役である。今回、嶋さんの「寺子屋」を聴いたお客に「やっぱり千歳では勤まらんなあ」と思われないように頑張ってほしいところ。

四段目「寺子屋の段」
上述の通り、初日からいきなり嶋さんの恐るべき「浄瑠璃パワー」に圧倒されっぱなしだった「寺子屋」。嶋さんの休演にあたって抜擢された千歳大夫に、注目。
まず、当初の番付通りの出番、三段目「茶筅酒の段」を聴く。初日に聴いて、「日数が経過するにつれて、まだまだよくなるやろ」と期待していたが、この日は、なんともあっさりと平淡に終わってしまった印象。「ソツなく仕事をこなす中堅社員の、それなりの仕事」みたいな…。「う~ん、こんなんで寺子屋、大丈夫なん?」という不安がよぎる。

いよいよ「寺子屋」。物語前半の「桜丸切腹」と並ぶ、『菅原~』の一大見せ場、聴かせどころ、泣かせどころ。床が回って、「代役しっかりやれよ!」の掛け声もかかり、緊張の中でスタート。

果たしてそれは、大熱演だった。
小生が、何百回「寺子屋」聴いても、一気に涙がぶわ~っとあふれてしまう場面も、ちゃんとぶわ~っと涙あふれさせてくれたし、「いろは送り」も精一杯のものを感じた。

住さんは言う。「拍手を聴き分けろ」と。「お前しっかりやったなあ」という拍手か、「やっと終わった、早いこと下がれ、下手くそ!」という拍手か。今日の千歳への拍手は、恐らく前者。いや、後者の拍手を送った厳しい人もいたかもしれないけど…。

もちろん、嶋さんにまだまだ及ぶべくもない。千歳大夫としては、これ以上ない「寺子屋」を語っているんだという、意気込みがしっかり伝わってきた。
足らない部分というのは、太夫としての経験は当然として、やはり年齢や積み重ねてきた人生経験、さらには師匠方がお稽古で必ず口酸っぱく言う、「音(おん)」の使い方かもしれない。

奇しくも、この夜、NHKの近畿地方ローカル番組『かんさい熱視線』で、住さんが愛弟子の文字久大夫に対し、「音や!音や!音や!音や!」と厳しく稽古をつけているシーンがあったが、帰宅してこの録画を観て、「ああ、今日の千歳大夫も、やっぱり『音』やったなあ…。結局太夫が行きつくとこって、そこなんやなあ」と実感したわけで…。

千歳には、あまりにも荷が重かった「寺子屋」かもしれないけど、この代演は大チャンスであるのは言うまでもなく、まず間違いなくモノにしてくれると思う。
実際、このへんのランクの太夫がよっぽど奮起しないと、住さんが抜けてしまう太夫陣は、補助金問題どころではない「かつてない危機」に陥ってしまうように思う。太夫が浄瑠璃をしっかり語ってこその文楽。拙ブログでも、何度も繰り返しているけど、改めて「太夫陣よ、奮起せよ!」だ。

太夫の話題でもうひとつ。

初段「大内の段」
いわゆる「大序」で、物語の端緒にあたる。太夫が5人、三味線が6人、御簾内からリレー方式で勤める。

太夫*亘大夫、小住大夫、咲寿大夫、靖大夫、希大夫
三味線*清允、燕二郎、錦吾、清公、寛太郎、龍爾

これは非常に興味深いものだった。やはり、靖大夫が突出していたが、希大夫も靖と甲乙つけがたし。言うちゃ悪いけど「え、こんなにやる人やった?」みたいな(ゴメンね、こんな言い方で)。三味線はもはや寛太郎の独壇場みたいな。御簾内で顔が見えないとは言え、ここで若手たちが火花を散らしていると思うと、結構、ワクワクするものがある。
この内の数人が「ソロ」をやる段がある。

「筆法伝授の段」 公演前半:靖大夫&龍爾 同後半:希大夫&寛太郎
「車曳の段」(掛け合いで杉王丸) 公演前半:咲寿大夫 同後半:小住大夫

いいライバル関係の構図。靖大夫vs希大夫、咲寿大夫vs小住大夫、龍爾vs寛太郎。もちろん、他にも色んな構図があるし、この「対戦構図」は今回が初めてでもないんだけど、希大夫の「え!この人!」という発見もあってか、これまでほとんど気にしてなかった若手の「ダブルキャスト」が、一変して興味深くなった。
人形でも菅秀才を前半で勘介、後半で玉路が遣ったのも同様の視点で、やっぱり興味津々。若い人同士、舞台の上で激しく戦ってほしいな、そういうのんいっぱい見せてほしいな。

住さんの引退に、全てのスポットがあたってしまうのは仕方ないけど、劇場に行けば、それだけではない、色んなものが見えてくる。だから「ライブ」は面白い。やめられないのである。最初の話題に戻れば、こういう発見が面白いから、34年間飽きずに通っているのである。

(平成26年4月18日 日本橋国立文楽劇場)



 


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