『アイ・ウェイウェイは謝らない』
(英題=AI WEI WEI: NEVER SORRY)
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
中国の代表的な現代美術家にして、反骨のアーティスト・艾未未。彼の生き様に迫るドキュメンタリー『アイ・ウェイウェイは謝らない』を観てきた。
映画のハナシに入る前に、国際プロレス崩壊後のラッシャー木村を彷彿とさせる男「アイ・ウェイウェイ」なる人物について、ざっと記しておく。
なお、アイ・ウェイウェイは漢字では艾未未と書くので、以降は漢字名で記す。
生い立ちに関しては、ウィキなどで簡単に調べられるので、ご自身でどうぞ(笑)。
日本で彼の名が知れ渡ったのは、恐らく2009年に森美術館で開催された個展『アイ・ウェイウェイ展-何に因って?』で46万人の動員を記録したあたりからではないか? 事程左様に、世界の美術館が展示を熱望する破天荒なアーティストである。
で、艾未未でまず思い出されるのが、2011年4月、香港へ行こうとしたところを北京空港で身柄拘束された件。結局、80日余りの拘留機関の後、同年6月22日に釈放されているのだが…。拘留の理由は、「経済犯罪」による取り調べ。実際、艾自身も釈放に当たり、脱税疑惑をあっさりと認めて、追徴税支払いを同意したということだが、釈放の数ヶ月後には支払いの取り消しを求めて提訴している…。
また、北京五輪のメーンスタジアム「鳥の巣」の設計に携わっていながら、北京五輪が政治的プロパガンダじゃないかと、五輪関係一切から手を引いたとしても有名。
さらには2008年5月、四川大地震の際、所謂「おから工事」によって多数の子供たちが命を失ったことに対する中国当局の対応に抗議し、犠牲者のリスト作成などを行っている。これが災いしたのか、2010年10月には自宅軟禁されている。
ほかにも、北京の芸術区の強制撤去抵抗のための長安街デモ行進など、「抵抗のパフォーマンス」で知られる人物だ。「国家転覆犯としてしょっぴいて、牢屋にぶち込んでおけばいいではないか」となりそうだが、そうならないのが艾未未の艾未未のたるところである。
彼の父親は、中国の国語教科書に載るほどの偉大な左派詩人、艾青。文革により長らく下放されていたとは言え、名誉回復後は「国家的詩人」として尊敬され、胡錦濤や温家宝も艾青の愛読者であるという。ただ、牢屋にぶち込まないのはそれだけが理由ではないと思うが…。
艾は、中国政府にとって「好ましからざる人物」であるには違いないが、中共政府が最も恐れる、天安門事件などに見る極端な「民主活動家」というわけでもない。その上、党内にもいまだ支持者が多い偉大な詩人、艾青の息子でもある。老幹部の中には、艾未未の言動には不満を示しつつも、偉大なる左派詩人の息子が、庶民の不満を代弁していることを評価している一派もあるという。艾自身は党内の様々な思惑が入り乱れ、それぞれの立場で自分を支持する人がいることについて、「1秒前に総理が父の詩を感慨深く暗誦するかと思えば、その1秒後に俺をつけ回して弾圧する、それが国家というもんだ」と皮肉っている。
かかる状況であるから、恐らく今後も本人の言動とは無関係な場所で、彼とは無関係な人物たちの政争によって、活動に影響が及ぶことも少なくはないと思われる。でありながら、他の民主活動家とは違い、今のところ徹底した弾圧を受けているわけではないが、果たして今後は…。
以上参照文献:『中国「反日デモ」の深層』福島香織著 など
こういった背景を頭の片隅に置いて、この映画を見ると、一層、興味深く見ることができるし、中国の実情を深く知る手掛かりにもなるはず。
英題 『AI WEI WEI: NEVER SORRY』
中題 『艾未未:道歉你妹』
邦題 『アイ・ウェイウェイは謝らない』
製作年 2012年
製作地 アメリカ
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
監督 アリソン・クレイマン
登場人物 艾未未、艾丹(艾未未の弟)、高瑛(艾未未の母)、路青(艾未未の妻)、王芬(艾未未の子供・艾老の母)、陳丹青(艾未未とNY時代に知り合った友人 著名なアーティストであり知識人)、馮博一(インディペンデントのキューレター 艾未未とは共同編集でアングラ本『黒皮書』『白皮書』『灰皮書』を出版)、何雲昌(パフォーマンス・アーティスト)、洪晃(影響力の高い文化人 ファッション誌『ILOOK』の出版社経営 母は毛沢東の英語教師)、左小祖咒(ロックミュージシャン、詩人、現代美術アーティスト 艾未未のアングラドキュメンタリーの音楽を多く手掛ける) 他の人たち
*こんなチラシ載せたら、また本土でアクセス制限くらっちゃうね、このブログ(笑)
【評】
ドキュメンタリーなので「甘辛」の評価はせず。
本人へのインタビューや仲間や家族のコメントなどで艾の人物像が浮き彫りにされてゆくという展開は、一見、ごくありふれた人物モノのドキュメントなんだけど、そこに折々に挟み込まれる艾の発言が、痛快かつ爽快なのである。尾行や監視をモノともせず、「何かご用か?」と監視員に尋ねるなんて、並みの神経ではない(笑)。
午前3時、身分証の検査と称して、滞在先の成都のホテルで艾は警察官たちに襲撃される。四川大地震の調査をしている譚作人の裁判の証人として証言台に立つための成都滞在だった。結局、12時間もの間ホテルに監禁され、裁判での証言は不可能に。その後、個展の準備のためのミュンヘン滞在中、頭に強烈な痛みが走る。大脳内出血と診断され、手術を受ける…。この顛末がフィルムに収められ、こうして海外の映画館で公開されている。殴打事件は艾自身にとっては災難だったが、この顛末の公開自体は非常に痛快なことではないかと思う。
艾のキーポイントはツイッタ―である。小生も艾をフォローしているが、フォロワーの発言に対し、単純明快な短い返答が返って来ていて、その鋭い言葉になるほどと感心させれることもしばしば。「ネットやブログは、世論を変えるチャンスを、普通の人にもたらした」と言う。我々が、「今日の昼ごはん~」などと暢気にブログやツイッタ―に写真や発言をアップするのとは、そもそもネットと向き合う理念が違うのである。そしてそれがかの国においてはどれだけリスクの高いことかも、この映画を観ればよくわかる。
その行動を見ると、「反骨のアーティスト」と呼ぶにふさわしすぎるまでの行動ぶりであるが、「僕は恐れ知らずじゃない。誰よりも恐怖を感じている。だからこそ行動する。何もしなければ危険は増大する」と言う。
エッフェル塔や天安門広場を背景に中指を立てる有名な写真、漢代の壷を落とそうとしている艾の写真について、「旧来の文化と決別し、新しい何かを求めよと言っているんだ」という発言があった。その字幕を見て、はたと思ったのは、もしかしたら一連の活動は艾未未が中共政府にしかける「ひとり文化大革命」ではないか…。もちろん、あの文革とはまったく色合いは違うのだけど…。そんな「ひとり文化大革命」で「闘争」する艾、やはり文化大革命で吊るし上げに遭い、長年にわたって下放された父・艾青の影響も多大であるのだろう。
映画は北京空港で香港へ飛ぼうとしたところを拘束され拘留の後、釈放された2011年6月22日で終わっている。取り巻く報道陣に対して、「保釈中の身だから」として詳細を語ることを拒んで自宅へ姿を消す…。
できるだけ多くの日本人が見ておくべき映画だと思うのだが、連休明けの平日の正午ということを差し引いても、観客5人は、あまりにも寂しすぎるではないか…。「特定秘密法案」に際して、エキセントリックに喚き立てていた人たち、なぜ観ないのか? この人たちが「危惧」する内容がてんこ盛りなのにねぇ…。まことに不思議な人たちである。
Ai Weiwei: Never Sorry Documentary – Official Trailer HD
(平成25年12月25日 シネマート心斎橋にて)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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