1997年7月1日の香港の祖国回帰、いわゆる「香港返還」から11年。
早いですなぁ、歳月の流れは。
返還記念日恒例の国旗および特区旗掲揚式典
ちょっと事情がありまして、本日より一時的に(あるいは生涯?)「失業者」となりました。
まあ、香港は好景気と言いながらも、企業の栄枯盛衰は世の常、とりわけ外国企業においては、本社の都合でいつ何時、「解雇」の憂き目に遭うかわかりません。
とくに我々のような香港現地採用者は、常にその覚悟をきめておかねばなりません。
それについて、会社や本社にとやかく文句を言うのは野暮というもんでしょう。本社には本社の都合もありましょう、業界にもよりますが、海外出先の宿命でもあります。
こういう事態を機に、自ら会社を起こす人も少なくありませんし、それがいとも簡単にできるのが香港の魅力なのでもあります。
小生はというと、いきなり起業するような根性も元手もなく、ちょっと休憩させてくれ、という感じ。
その間に宝くじでも当てて、あとは遊んで暮らそうなどと、やる気のないことこの上なし(笑)。
思い起こせば1995年5月に、ここでの生活が始まったのですが、2年後の7月1日に「返還」となるのはわかっていながらも、「まだ2年先」のことであり、普通に平日としての7月1日を過ごしていたわけです。そりゃ、あたりまえのことなんだけど。
さらに言えば、それから13年も香港にいる自分が想像できませんでした。いや、13年も先のことを考えてもいませんでした。「とりあえず、返還だけは見ておこう」くらいのノリだったのかもわかりません。
「ノリ」で海外生活に踏み切ったんだから、俺も若かったわけでして(笑)。
失業者のクセに、お遊びの予定だけは12月末まで結構埋まってます(アホか、働け)。
近いところで大きなイベントはやっぱり北京五輪でしょう。
これこそ13年前に、あるいは11年前の返還当時には考えも及ばなかったこと。
域外開催地とはいえ、公式競技の馬術を香港の地で見ることになろうとは。。。
それはそれで感慨深いものがありますよね。香港人は意外にも冷静なんですけど。
さて返還11周年の香港。
おなじみとなった民主派のデモがありまして、主催者は4万7千人が参加、警察は1万5千人だと。経験上、実際には警察の数字から1割ほどさらに引いたくら いが正確なところと思いますので1万3千人くらいかな? 見てないからなんとも言えないが、当たらずとも遠からじだろう、まず。
そして4万人だろうがなんだろうが、そのうちのかなりの数が、先日の香港での聖火リレーでは「愛国」の旗を振っていたのは間違いなく、そんな香港人は愛すべき人たちでもある。
とくに今年は見るべきものもないので、この漁村でのんびり過ごしていたんですが、毎年すごいよね、「民主!民主」で何万人も炎天下を行進するんだから。
とはいえ、選挙制度ひとつとっても、むしろ返還前よりも「民主化」は進んでいると思うよ。ひどかったもん、英国時代は。立法評議会(現立法会議)なんて、ほとんどが英国や政庁のお気に入り人士あるいは実業家で、一般市民の投票枠なんてほとんどなかったんだからねぇ。
返還前最後の1回くらいでしょ、立法評議会選挙で一般有権者の投票枠がめっちゃ拡大したのは。
返還後の香港、なにかあればすぐに「中国化」という枕詞がつくけど、シナ人(いわゆる中華系)が人口の95%を占めているわけだから、そんなびっくりするような話でもない。
なんかそうやって香港を不幸にしたい風潮が、鄧小平・サッチャー会談からずっと続いている。
まあ、政治的に「中国化」するのは、決して幸福な話ではないのだけど、そんなに「中国化、中国化」って言わなくてもねぇ。
香港永久居民として、香港人と同じ居住条件を持つ身としては、なんか気ぃ悪いですわぁ。自分まで「中国化」と言われてるみたいで、ィやな感じ。
さあ、民主派デモですが、それは「中国化」を阻止するものではなく、現在あるいは以前から「中国化」たる事柄の「脱中国」を促すものである、ということを返還11周年の記録の締めくくりとしましょうか。
でも、香港人には無理だ。
~なんかとりとめなかったね、今日は。。。
—————————————————————————————-
COMMENT:
AUTHOR: アムゼルくん
DATE: 07/02/2008 19:14:26
よい機会とおもって帰国なさるか、あるいは台湾へ転戦、というご決断をなさったほうが好いのでは、と余計な建議をまたさせていただきます。
台湾ならいつでも香港へ飛んで行けますしね、ぜひそうなさったら、うふふ。
—–
COMMENT:
AUTHOR: leslieyoshi
DATE: 07/04/2008 18:43:13
To アムゼルくんさん
きっとそう言ってこられると思ってました。
しばらく休憩。雲南あたりを歩きながら進路を描こうかと。。。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。