<「時代の変化により、民主党は本日、不本意ながら終焉を迎えざるを得ませんでした」と語る民主党最後の主席、羅健熙。元々お疲れ気味の顔立ちだが、2月以降、さらにお疲れ度が増しているように見えた。彼は疲れ果てている…>
立法会選挙から1週間が経過した12月14日、解散、清算準備を進めていた民主党は、臨時中央委員会を開催し、賛成117票、反対4票で、組織の解散・清算解散・清算を正式に決議した。委員会後、党主席の羅健熙(ロー・キンヘイ)は、解散・清算の決議を採択し、党は直ちに活動を停止すると発表した。
羅主席は、民主党は30年の歴史の中で社会の変化と、その過程を目の当たりにしてきた。成功と挫折の両方を経験してきたが、時代の変化によって「不本意ながら終焉を迎えた」と悔しさをにじませながら述べた。
記者会見で、羅主席はまず、30年間、民主党と共に歩んできた香港の人々に感謝の意を表し、「この30年間、香港の人々と共に歩むことができたのは、私たちにとってこの上ない栄誉だ」と述べた。羅氏はさらに、民主党は香港と香港市民の幸福のために常に尽力し、普通選挙の実現を目指し、多様性、開放性、透明性、説明責任を重視し、また、民主派と政府の橋渡し役となるよう努め、民生に関わる様々な問題に助言や提言を行い、地域社会に深く根ざし、政策提言や対応を行ってきたと述べた。

羅主席は、民主党に投票した市民、あるいは民主党を批判した市民にも感謝の意を表した。民主党の過去の決定は必ずしもすべての市民に支持されたわけではないが、いずれの選択においても、限られた条件の中で最善の手段と最良の解決策を模索してきたと述べた。また、香港に対する民主党の愛情と関心は一貫して変わらなかったことを強調した。

羅主席は、この30年間の信念と忍耐が歴史に刻まれると確信しており、香港の人々が優しく、誠実で、高潔な心を持ち続け、毎日を精一杯生きていくよう願っていると述べた。
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ということで、小生の「政敵」である香港民主党は、消滅した。そこで改めて、「民主党とは何だったのか」と、羅主席に聞きたいのだが、代わりに答えてあげよう。「民主党とは『返還後の香港を徹底的にミスリード』した罪深き集団」なのだ」と。在住中から帰国した現在に至るまで、香港の政治というものを意地悪な目線で眺めてきたわけだが、意地悪な目線でなくとも、民主党は何の役目も果たせなかったばかりか、常に香港を誤った方向へと導いてきた。その罪は重く、断罪に値する…。とまで言っちゃ、ちょっとかわいそうか…。
しかしだね、反日デモの先頭に立って本土のデモと歩調を合わせ、「打倒日本軍国主義!」と叫ぶかと思えば、香港市民支援愛國民主運動聯合會(支連会)として天安門事件の再評価を中央に迫ったりと、とにかく右へ左へふらつきまくっていると印象だった。それでも市民の支持は絶対的だったのが不思議だった。恐らくは、民主党の支持率というよりも、民主党に所属した、多くのスター議員の個人的人気に支えられてのものだったのだろうけど。李柱銘(マーティン・リー)、司徒華をはじめ、楊森、何俊仁(アルバート・ホー)、鄭家富(アンドリュー・チェン)、劉慧卿(エミリー・ラウ)らの人気に負うところが大きかった。

様々な事情で、スターが一人、二人と去っていくとともに、党勢も衰えてゆく。そんな中、2014年には大学生や中高生が社会を動かした「雨傘行動」が勃発する。ここで民主党をはじめとした「伝統民主派」は何の抑止力もリーダーシップも発揮することができず、まったく存在感が感じられなかった。一連の行動が、若い世代の泛民主派への失望であったのは、拙ブログでも雨傘当時に指摘しているので、ご興味があればご笑覧されたし。
その5年後には、「反送中」に端を発した、「民主化デモ」という名のもとに、日々、暴力、破壊、放火、殺人が繰り広げられることになる。ここでも結局、民主党など伝統民主派は、抑止力を発揮することができず、「本土派」「港獨派」などの若い世代の台頭を許すこととなり、この流れが後に「国安法」施行へと繋がってゆくのである。民主党自体の迷走ぶりも顕著になり、比較的穏健な本土派に乗っかって行動する場面も多くなっていったんじゃないだろうか。「民主党よ、そっちじゃないだろ!」なんて思ったものだが、もはやそうせざるをえないくらいに、党勢は衰えていたのだろう。
実際に、民主党の創立メンバーであり、元立法会議員でもある李華明(フレッド・リー)は、会見後、感極まって涙を流しながら、「解散は非常に残念だ。このような事態になるとは想像もしていなかった」と述べる一方で、「民主党の影響力は数十年にわたって次第に衰退し、徐々に存在意義を失ってしまった」と述べている。何を言ってんだろう、このおっさん。何も手を打たなかったのか、打ったとしても有効打にはならなかったということか? この人からこういう発言があったのは、残念だ。
言うちゃ悪いが、この日の会見に並んだ現在の民主党の役員メンバーの顔触れを見ても、党勢の衰えというのは明らかだ。昔は、こういう場面には「スター議員」がずらっと並んでいたもんだが…。かつての大スター、民主党の元主席でもある楊森が、前列の端っこで老醜を晒しているのが、時代の激変を象徴している。この人こそ、かつては反日デモから普通選挙要求デモまで、常にデモの先頭に立ってシュプレヒコールを上げていた人だったのだから…。

その楊森だが、「中央政府の過去の比較的開放的な政策の下(もと)、香港は『一国両制』をよりオープンな形で実施し、活気ある市民社会、民主的な社会制度、そして資本主義を育んだと考えている」なんて呑気に言う。過去30年間、民主党が民主主義、自由、法の支配を目指して尽力してきたことが目覚ましい成果を上げ、市民の6割以上が民主派を支持していると考えているらしいが…。いやいやいや、こんな危機感ゼロみたいなことを言う人じゃなかったと思うんだが…。その「中央政府の過去の比較的開放的な政策の下」だった時期に、民主党は何をしたんですか? ってことだ、要は。ひたすらデモを行い、怒号を上げることに徹していたじゃないか、と。

若者の投票率の低さについて問われた楊森は、「若者が経済発展だけでなく、民主主義、人権、私有財産を重視しているためだ」と分析した。今頃言うことかと。それはもう返還前からすっとぞうだったじゃないか。90年代にそれに舵を切っていれば、違う景色が展開していたかもしれないのだ。だから繰り返すけど「返還後の香港をミスリードしてきた」と言うんだ。
元主席の劉慧卿(エミリー・ラウ)は、「民主党は香港のために積極的に活動してきた政党であり、解散を容認できない」と述べた。彼女は、民主党がなぜこのような結末を迎えなければならなくなったのか疑問を呈し、一部の党員は外部環境に対する不安を表明したとも言い、平和的、合理的、非暴力的な手段で権利のために闘う市民が逮捕されないよう願っていると述べた。
このおばさんはねぇ、小生がデモを見物というか観察している時、よく声をかけてくれたんだよな。「よく見かけるねえ、アナタ」とかね(笑)。最初は民主派政党の前綫にいた。この政党も市民に人気のスターが揃っていた。劉慧卿を筆頭に、李卓人、梁耀忠、劉千石と、誰もが知ってる民主派議員が揃っていたが、2008年に民主党に合流してしまう。「反民主派」の小生だが、前綫はわりと好意的に感じていたので、合流はかなり残念だった。
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「ほんと、民主党というのはよくないねぇ」と思いながらも、「雨傘」あたりから、目に見えて衰えていく党勢は、伝統民主派の後退を加速させ、「本土派」「港獨派」など、「民主派ではない反対勢力」を生む流れには、危機感を抱いていた。小生的には、この「民主派ではない反対勢力」という一派は、民主党をはじめとした伝統民主派以上に「よろしくない」一派であった。「こういうのをのさばらせてしまうと、中央はどえらい爆弾を投下しよるから、伝統民主派はその抑止力にならなアカンで」と思っていたし、拙ブログでも、度々指摘してたんだが、抑止力どころか、一緒になって中央を刺激してしまったのには、がっかりした。ちょっとは香港の役に立つかと思っていたが、やっぱりアカン集団やった、というのがよくわかった。ドリフじゃないが「ダメだこりゃ」とは、このことだろう…。

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民主党は、1989年の天安門事件後に結成された香港民主同盟(港同盟)と匯點が合併して1994年に設立された。その綱領は、香港の祖国回帰の支持と「一国両制」の支持。以来30年にわたり、民主党は香港の民主派の代表であり続け、かつては立法会で最大議席数を擁する政党だった。
2021年、民主党の多数の議員が民主派予備選挙に参加したとして、国家権力転覆の共謀罪で起訴され、同年の立法会選挙には候補者を擁立できなくなった。現在、胡志偉(ウー・チーワイ)、尹兆堅(アンドリュー・ワン)、林卓廷(ラム・チュクテン)、黃碧雲(ヘレナ・ウォン)の4人は依然として獄中の身である。

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在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。


