【毒書の時間】『霜月記』 砂原 浩太朗


砂原浩太朗「神山藩」シリーズもこれが3作目。すっかり人気のシリーズになった。まあ、わかるよな、人気なのも。発売と同時に飛びついて購入し、さっそく読み始めたんだが、次から次と面白い本が出てきて、『霜月記』はどんどん後回しになってゆく…。いけないと思いつつも…。気が付けば、シリーズ4作目の『雫峠』が出版され、本書は早くも文庫版が…。積読本マニア(どんなマニアやww)としては、まま、あることです。そんなわけで、なんと2年越しでと言うか、2年がかりの読了と相成った次第。何のことない、読み始めたら、3日で読み終えた(笑)。

『霜月記』 砂原 浩太朗

講談社 ¥1,760
第一刷発行 2023年7月24日
第二刷発行 2023年8月29日
令和7年12月7日読了
※価格は令和7年12月10日時点税込

さすが、人気シーズだけのことはある。一刷発行からわずか1か月で二刷とはねぇ、えらい売れ行きですわな。小生としては、割とささっと購入した部類。きっとお金があったんでしょうね(笑)。

今回もきれいな装幀。装画が素晴らしい。大竹彩奈という、この方面ではかなり有名な方によるもので、『高瀬庄左衛門御留書』、『黛家の兄弟』もこの人。作品のキモをよく心得た画がまず最初に心にズンと来る。一方で、講談社はん、売り方お上手でんなぁ~、とね(笑)。

この「神山藩」シリーズは毎回、異なる時代と主人公で藩の息吹を描く。あ、ちなみに「神山藩」って架空の藩ですからね。いくら検索かけても、このシリーズのことしか出てきませんよ(笑)。そこは『居眠り磐音』シリーズの「豊後関前藩」と同じ。あちらは一応、豊後と付いてるので「大分の事やな」とわかるけど、こっちの神山藩はどこにあるのかすらわからん。

町奉行を家職とする草壁家の三代の物語。名判官と讃えられた祖父・左太夫、謎の失踪を遂げた父・藤右衛門、そして18歳で重責を背負う息子・総次郎の葛藤と絆が綴られ、深く心に染み入る。

しかしまあ、かわいそうよ、総次郎君は。おやっさんが姿をくらまして、次の日から町奉行としてご出勤なんやから。18歳よ、まだ藩校や道場に通ってたんよ。その戸惑いぶりなんかもしっかり描かれているが、なんだか急速に奉行らしくなっていく姿が、頼もしかったりもした。「おお、そういう言葉が出るようになったか!」と、おじちゃん、嬉しく思ったりして読んでいたよ(笑)。

物語は、遊里で起きた殺人事件をきっかけに、ミステリーとして展開する。だがしかし! 最大の魅力はミステリーの緊張感ではなく、家族の内面に潜む影と光。総次郎の若さゆえの戸惑い、左太夫の隠居後の寂しさ、そして父の影がもたらす謎……。さらには、シリーズ共通の魅力である、情景描写の妙。鶫の声が響く朝靄や、零れる夕映えのなど、自然の移ろいを鮮やかに描き出し、読む者を神山藩の四季に浸らせてくれる。こうした鳥の鳴き声や花の色などが、これがまた登場人物の心を象徴していたりもする。まあ、惚れ惚れするよ。いっぺん読んでみ。

武士の矜持、親子のすれ違い、人生の枷なんていう重いテーマを、総次郎の友垣で、ここぞの場面でいつもヘルプしてくれる日野武四郎のユーモア、祖父や母の優しさで包み込み、静謐な中にも口元の緩む瞬間をもたらせてくれる。その武四郎はすごい幸運をゲットするわけだが…。こういうこともあるよね、若いうちは(笑)。

で、ラストは…。要は父・藤右衛門の生き方のあまりにもの不器用さと、家を守るための苦渋の選択が重なり合った結果ということが、明らかになるんだが、まあ、お気持ちは察するに余りあるね。こういう人は案外多いと思うよ…。小生もどっちか言うと、このタイプかもしれない。

さて、このシリーズのお楽しみは、読み手の心にズシンと響く名言の数々。本作でも色々あった。その都度、付箋を貼り付けていたのは言うまでもない。今回最も心に残ったのは、祖父・左太夫が総次郎に向けて言った

「すまぬ思いの百や二百、抱えたままあの世へ行くのが大人というものであるわえ」

が響いたね。「あ、そうなんや!」と「すまぬ思い」だらけの小生はすごく安心したのである。もっとも、小生の場合は「百や二百」どころか五百も六百もあると思うんだが…(笑)。それと、これも左太夫が言ったのだけど、

「すべての子育てはしくじるもの…」

ってのも、よいねぇ。そう言ってもらえると、小生は救われる思いですよ、ホンマに。

表紙をめくると、紺地の見返しがパッと目に入り、鮮やかでよいなぁと思っていたら…。総次郎、左太夫が贔屓にする一膳飯屋<壮>の暖簾も紺地だというではないか。そしてこの<壮>…。前作『黛家の兄弟』にゆかりの店なのは、続けて読んでいる人はわかるはず。先ごろ倅に店を譲った親父というのは、あの子かと、ちょっと感慨深くなる。いいな、こういう登場の仕方。銘酒「天之河」、飲んでみたいね。

まあねえ、正直なところ『霜月記』は、「剣豪が活躍する」「戦が派手に描かれる」といったイメージの時代小説ではない。だからこそ、時代小説を読んでこなかった人に勧めたいと思う。この作品が描いているのは、時代装置をまとった「人間の選択」ではないかと思う。親と子、組織と個人、空気に従うか、自分の中の線を守るか…。悩みの構造は現代とほとんど変わりはないのだ。

歴史の知識がなくても、人物関係がすっと頭に入ってくるのは、砂原浩太朗の筆が、説明よりも感情の動きを優先しているからと思う。

そして「本をあまり読まない人」にも、本作は意外と読みやすい一冊だと思う。ま、時々、難しい漢字が出てくるけど(笑)。文章は平易で、過剰な修辞がない。物語は静かに進むけれど、登場人物の立場が明確なので、「今、誰が何に悩んでいるのか」が置き去りにならない。読書に慣れていない人ほど、派手な展開よりも「感情が理解できること」のほうが大事だったりする。その点で本作は、読者に無理を強いない作品かなと思うが、どうでしょう?

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