【睇戲】『みじめな人』(港題=淪落人)<日本プレミア上映>

第14回大阪アジアン映画祭
HONG KONG NIGHT|特集企画《Special Focus on Hong Kong 2019》|コンペティション部門

みじめな人
港題=淪落人<日本プレミア上映>

今年は、最初に記したように本数を絞ったから、これを含めて後3本で大阪アジアン映画祭も終わりとなる、小生的には。本音を言うと、もう少し観たいのだが、そうなると、生活のどこかにしわ寄せが来る。言うまでもなく「仕事を休んで」という事になってしまう。そりゃ、本末転倒ってもんだ。

そんなわけで、今映画祭でも注目の作品を、居住まいを正して鑑賞。最前列の最高のお席なんだし、しっかりと黃秋生(アンソニー・ウォン)とわが青春の葉童(セシリア・イップ)、いいヤツ、李璨琛(サム・リー)らの演技に浸りたいというわけで。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

港題 『淪落人』
英題 『Still Human』
邦題 『みじめな人』
公開年 2018年
製作地 香港
言語 広東語
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

(監督):陳小娟(オリヴァー・チャン)

監制(プロデューサー):陳果(フルーツ・チャン)

領銜主演(主演):黃秋生(アンソニー・ウォン)、姬素孔尚治(Crisel Consunji=クリセル・コンサンジ)
演出(出演):李璨琛(サム・リー)、葉童(セシリア・イップ)、黃定謙(ヒミー・ウォン)

淪落 りんらく】落ちぶれること。落ちぶれて身をもちくずすこと。

と、辞書にはあるが、普段は耳にしない言葉だ。林芙美子の『淪落』、坂口安吾の『淪落の青春』くらいか。そしてこの映画『淪落人』。邦題は『みじめな人』。「そのまんまやんけ!」とツッコんだのは言うまでもないが、観終わったら「みじめな人」どころか、アナタ、そりゃもうねぇ…(涙)。

中盤から涙が止まらなかった…。上映前、司会のおねーさんが「私は号泣しました」と言って下がったのだが、「またまた、そんな~」と思っていたら、これがホンマでございまして…。

<作品解説>

工事現場での事故の影響で、全身麻痺状態になってしまった初老の男性・昌榮。孤独な一人暮らしを強いられる彼のもとに、フィリピンから住み込み介護の家政婦がやってくる。彼女イヴリンは、広東語を話せない。コミュニケーションがとれず、イライラをつのらせる昌榮であったが、ひたむきに介護を続けるイヴリンの姿は、ゆるやかに彼の心をときほぐし、気がつけば二人は親友のような関係になっていたのであった。
引用:第14回大阪アジアン映画祭HP

主演は黃秋生(アンソニー・ウォン)である。あの『八仙飯店之人肉叉焼包(邦題=八仙飯店之人肉饅頭)』の黃秋生である。あの『伊波拉病毒(邦題=エボラシンドローム 悪魔の殺人ウィルス』の黃秋生である。「古惑仔シリーズ」の大飛の黃秋生である。何よりも全身これ「粗口(ちょうはう=広東語のスラング的な言い回し)」の塊のような人である。そんな黃秋生が、ハートウォーミングな作品で、観る者を号泣させるんだから、やっぱり、大変な実力の持ち主なんだと、再認識した次第。「おんどりゃ、今頃、何ぬかしてけつかんねん、この“仆街(ぽっがーい)”!」とそれこそ、粗口交じりでご本人に怒られそうだが(笑)。

「オリヴァー・ツイスト」が好きだったので、英文名もオリヴァーになったとか

上映後、監督の陳小娟(オリヴァー・チャン)は黃秋生(アンソニー・ウォン)の起用について、「素顔は善良で、ユーモア、創造性のある人。新しい役柄をやってもらえたらと思って」と。今作でも規制スレスレの粗口を連発していた黃秋生だが、「放っておくと、『Ⅲ級指定』になっちゃうから(笑)、そこはうまいこと言って抑え気味にしてもらった(笑)」とか。それでも「卵」を挟む粗口も随所にあって、思わず吹き出してしまった。中文字幕はさすがに別の「らん」の字を入れてたが、なかなか実社会では聞けない言い回し。あれやっちゃうと喧嘩どころの話で済まなくなるから(笑)。

その黃秋生(アンソニー・ウォン)だが、電動車いす生活の主人公、それも下半身だけでなく手も満足に動かせないという、非常にハードルの高い役を、見事に演じていて、その姿にもまた感動した。

重い障害を持ったがために、気難しくなってアマさん(家政婦)を次々と変えていく主人公の昌榮。そんな昌榮に「大陸から出てきて言葉もわからない中、とても世話になったので、恩を返す」意味で、わがままを聞き入れ、親身に付き合っている元・仕事仲間を李璨琛(サム・リー)が好演。すっかり大人の俳優になった。昨年、デビュー作の『香港製造』を20数年ぶりに観たが、あの頃の尖った雰囲気とは違う、今のサム・リーを存分に見せてくれた。

この作品が訴えているのは、言うまでもなく、障碍者と外国人家政婦=アマさんが置かれている社会的なポジションである。

バリアフリーが叫ばれて久しい香港だが、確かに道路の段差が解消されていったり、エスカレーターやエレベーターの設置も増えた。だが、ことその暮らしとなれば、なかなか思うに任せないという現実がある。黃秋生が演じた昌榮の場合は、まだサム・リーが演じた仕事仲間のような頼れる存在がいるからいいようなものの、そんなイイ話であふれているような香港ではない。現状は厳しい。日本よりも平均寿命が長い香港。障碍者だけでなく独居老人とどう対峙してゆくのか。思いを巡らせるに、暗澹たる気持ちにならざるを得ない現状がある。

フィリピン人に代表される、外国人家政婦。本来は共働きの夫婦に代わって、家事や子供、親の世話を任せるという存在だった。実際、小生の周りも住込みから週1回数時間まで、何らかの形でアマさんを雇っている家庭は多かった。「子供がフィリピン訛りの英語を覚えてしまう」とか、文句言ってる香港人も多かったが、「お前の英語、どれほど美しいねん?」とツッコミたい衝動に駆られたもんだ(笑)。作中でも、クリセル・コンサンジが熱演したイヴリンが八百屋のおばはんに意地悪される場面があったが、香港の経済活動を家庭から支えている割には、待遇も含め、彼女たちを見る世間の目は、決して温かいものばかりではない。

そんなあれやこれや、香港人がもっともっと「自分のこと」として意識を高めなくてはならない問題を、主役の二人がそれこそ「体当たり」で演じたからこそ、あの感動と涙を生み出したのだと思う。そこは、陳小娟(オリヴァー・チャン)監督の手腕だと思う。屋台レストランの店主役で、今作のプロデューサーでもある陳果(フルーツ・チャン)の指導も行き届いていたのだろう。

行きつくところ、昌榮とイヴリンの間には、雇主とアマ、香港人とフィリピン人、障碍者と健常者という壁を取っ払った、「情」の通じ合う関係が構築されてゆく。もちろん、そこに至るまでにいくつもの衝突やすれ違い、不理解などがあったわけだが、それゆえに、終盤になるにつれ、急速に目が湿り気を増していくのであった。

最初は「人肉叉焼包」の表情だった黃秋生が、次第にとても穏やかな表情になっていく。同じように不安しかない表情だったクリセル・コンサンジが、いつの間にか、自信にあふれた明るい表情になっていた。この変化が、観る者を幸せな気分にさせてくれる。

あーだこーだと「書くのも言うのも簡単」だが、現実はもっと複雑で、切なくて、やるせなくて、腹立たしくて、憎たらしくて…。そんな実際の香港社会を15年も見てきただけに、まるで「おとぎばなし」を見ているかのような気分で、エンドロールを見つめていたのであった。

さて、今映画祭では今作で2本目の登場となった、我が青春の葉童(セシリア・イップ)さま。監督曰く「もはや悠々自適な方。本を見て、気に入ったら出るというスタンス。今回はとても気に入っていただけた」とのことだ。彼女の役は昌榮の妹。昌榮には冷淡に接し、イヴリンに至っては汚いものを見るかのように接する。彼女がそうなってしまった背景は、今作の中ではそれほど触れられてはいなかったが、恐らくは、香港の抱える問題がそこにあるのではと思う。んなワケで、次は葉童(セシリア・イップ)主役でそこをえぐって下さい、監督さん!

表情豊かに、よくしゃべる監督さん。最近の香港、女性監督の活躍がめざましい

「制作にあたって、色んな人を取材しリサーチし、色々教えていただいた。社会的弱者だって夢を持つべきだと思った。そんな夢を尊重してもらいたい」と、ハキハキとした広東語でメッセージを客席に送った、陳小娟(オリヴァー・チャン)監督。しっかりと香港社会にも、この思いが伝わることを願うばかりだ。その香港では、いよいよ4月11日から、劇場公開が始まる。祈大入り満員!

第13屆亞洲電影大獎
「最優秀新人監督賞」受賞:陳小娟(オリヴァー・チャン)
第25屆香港電影評論學會大獎
「最優秀脚本賞」受賞:陳小娟
「推薦作品賞」受賞
他3部門ノミネート
香港電影編劇家協會2019
「推薦脚本賞」受賞:陳小娟
「最優秀演技賞」受賞:黃秋生(アンソニー・ウォン)
第14回大阪アジアン映画祭
「観客賞」受賞
第2屆最港電影大獎
4部門ノミネート(受賞結果待ち)
第二屆MOVIE6全民票選電影大獎
7部門ノミネート(受賞結果待ち)
第38屆香港電影金像獎
8部門ノミネート(受賞結果待ち)

《淪落人》(Still Human) 正式預告片 4月11日正式上映

(平成31年3月14日 ABCホール)


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